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紅に染まる1

 朱色の陽が落ち、夜の帳の中、月の白光の差し込む城の回廊に1人の足音がコツコツと響いていた。

 吹き渡る夜風に()かされるように靡く、鮮やかな紅い髪の下には、凛とした少女の輪郭が描かれている。しかしその(みどり)の瞳はやや下に俯き、ひとえに何か物思いにふけている顔つきであった。


「リダイア様!」


 ふと自身の名を呼ぶ男の声に、騎士の鎧を身に付けた少女は顔を上げた。


「ここに居られましたか! 探しましたぞ」

 

 急ぎ足で駆けて来た巨漢の騎士に、リダイアは呆れたように息をつくと、


「オルディウスか。変わらず騒々しい奴だな」


「夕暮れに帝国に戻られたと兵の者達より聞きつけて……、そんなことより、遠征のほうは如何でしたか?」


 横を歩みながら訊くオルディウスに、リダイアは「ああ」と返事をすると、


「遠征は中止だ」


「ちゅ、中止……ですか!?」


 思わず大きな声を上げたオルディウスに「声が大きい」と叱付ける と、リダイアは声調を戻し、


「食糧運搬経路に生息する魔物達の凶暴性が増し始めたのだ。敵国の兵だけならまだしも、魔物達の相手にまで戦力を回すのは手に余る。それに、食糧まで絶たれてしまっては全滅は免れない」


「良くぞ陛下は御赦しになられましたな。今回の遠征が成功し、巨万の資源を確保できれば、このイルヴェンタール未来永劫安定、史上に見ぬ栄耀を誇ることになると仰っていたというのに」


「陛下は御赦しにはなっていない。私が無理やり自身の意見を押し通したのだ」


 リダイアの言葉にオルディウスは「え」と声を漏らすと、その表情は先程の驚愕とは比べものにならない程に青く染まり、声を震わせながら、リダイアの両肩を掴んだ。


「り、リダイア様ッッ!? 今何と仰いました!?!? リダイア様が、へ、陛下の命に背くなど――」


「エエイッ!」とリダイアはオルディウスの腕を振り離すと、口調を強め、


「命には背いてはいない! 陛下は"私の好きにしろ"と仰られたのだ! それに、今回ばかりの遠征自体、私は余り快くは思っていない」


「それは、どういうことなのですか?」


「オルディウス、お前も知っているだろう。私達はレドヘイルの地に赴いたあの日、魔界の王を目の当たりにし、直々に宣戦布告を受けたのだ。奴らがいつ攻撃をしてきてもおかしくない状況だというのに、陛下は自国の防衛を固めるどころか、遠方の国を征することばかりに心を向けておられる」


「し、しかし陛下はリダイア様の賢知陣なるお方でもございます。何かお考えがあられるはずです」


 オルディウスがリダイアをなだめるように冷静になった声で言うと、リダイアは、


「分かっている。陛下の仰る通り、ムン国を征すれば巨万の資源が手に入り、この国は未来永劫安泰が約束されることだろう。だが、それはイルヴェンタールがあってこその栄光だ。大災厄(インフェルヌス)に呑まれてしまっては、本末転倒。遠征に戦力を費やすのであれば、来たるべく魔軍の勢に備え、自国防衛に兵を回すべきではないのか!」


「リダイア様、落ち着いて下され!」


 オルディウスがリダイアを鎮めるように言うと、回廊の向こうから「リダイア様!」。

 その声に2人は前方に顔を上げると、3人ほどの兵達がリダイアの元へ急いで駆け寄って来た。


「何事だ?」


 オルディウスが訊ねるも、兵士たちは応えることなく、リダイアに耳打ちをした。

 その様子にオルディウスは首を傾げると、リダイアは兵士に「分かった、ご苦労であった」と返し、


「オルディウス。お前も付いて来い」

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