闇の苦杯1
北の大陸の奥地。巨人が乱暴に殴り築いたような険阻な山々に囲まれた中に、宙を歪ませ渦巻く闇の世界への門が不気味にあった。
人の目に見えぬ光の粒子の1つが、その門に吸い込まれるかように呑み込まれていくと、長い紫雲と稲妻の続く渦の世界に瞬く間に辿り着く。しかし、その粒子はまだまだ奥まで吸い込まれ、景色が暗雲と雷の世界から星々の明かりすらない、真の闇へと変わっても、永遠とどこまでも引きつけられるかのように、途轍もない速さで走っていく。
勢いに拍車がかかり、それが最高速度に達すると同時に、視界に新たな景色が開ける。目下に広がるのは、切り立った岩々の築く谷と山の大地。空を見れば、闇の空ばかりが広がり、この世界にある全ては、紫の色を帯びていた。
光の粒子の多い、門の向こうにあった世界とは異なり、どうやらこちらの世界には光の粒子は極めて少ないらしい。
仲間からはぐれたように光の粒子は宙をゆらゆらと漂うと、凄まじい速さで異世界の奥へと駆けた。
あまりの速さで景色は乱暴な紫へと変わり、後ろへと流れて行く。
光の粒子がその速度を止めたのは、突然だった。
否、消えてしまった。
大地から天に向かって伸びるように突き出している漆黒の山々。険しいという言葉では足りぬほどの地形は、断崖絶壁の連続であった。その山々は奥に向かうにつれ、より高さを増し、その中で最もの高さを誇る山の頂に、1つの荘厳な宮殿が構えていた。
禍々しく輝く金属を基礎として形成された、その城は、何者かの居城というよりも、要塞のような姿をしていた。剣などものともしないような重装鎧を身に付けた、凶暴な顔つきの竜兵達が翼を広げ、戦慄の雄叫びを響かせる中、その城の大深部――豪華な玉座の上で、1人の少女は傲岸不遜に腰を下ろし、頬杖をつくと、不機嫌そうに足を組んだ。
紫を帯びた白銀のツインテールの下には、柘榴色の眼が睨む様に細まっていた。
蝙蝠のような翼をした人型の妖精たちが、羽をはばたかせ運んできたグラスの、金の装飾が施された持ち手に手を取ると、少女はグラスに口をつけ、鮮やかな赤い飲み物を喉を鳴らして飲んだ。
「セア様、偵察隊よりご報告です」
玉座の傍に立っていた黒馬の騎士がそう言うと、セアは不機嫌そうな表情を変えず、妖精たちが次に運んできた葡萄の様な果実をつまみ、口に運んだ。
「おい、入れ」
黒馬の騎士の声に、血のように赤い絨毯の伸びる先の扉が音を立て開かれると、黒いローブを纏い、紅い眼と長い口髭を生やした白い老狐を先頭に、竜や豚のような顔をした鎧兵達が数体ぞろぞろと入り、玉座に座った少女の前まで来ると、深く礼をし、跪いた。
「セア様、黒賢者の一人クレヴァでございます」
狐の魔物がしわがれているがはっきりとした声で丁寧に挨拶をするも、セアはピクリともその表情を変えず、その魔物たちを見下ろしていた。
セアの沈黙の応答に、「クレヴァ、報告を」と黒馬の騎士がクレヴァに促すと、クレヴァは淡々と話を始めた。




