ソロと時の渓流16
星の海にいるような景色から儚い白い光の柱の差し込む海の中、嵐のように荒れ狂う雲海。目まぐるしく変わり行く世界の中、足元に伸び続ける光の道を頼りにソロとアルスはひたすらにその足を駆けた。
アルスはふとミーニャからもらった水晶を見ると、水晶の中の水は残り僅かとなっていた。
「ヤバいな。急がねェと……!」
長きに連なる時代を急ぎ足で駆けていくように、2人は光の道を走る。
一筋の道を走る2人の左右には、水中に浮かぶ泡のように、次々とあらゆる時代の景色が現われた。
酒の匂いの立ち込める町の明かりの中、踊り子の舞と談笑に浸る人々。灼熱の砂の世界を歩く商人の隊列。戦禍の業火の中、崩れゆく城。月光のもと、満開の桜の木を見上げる子ども。白亜の遺跡群の一角で、流星群を無邪気な笑顔で見上げる少女と女性――
そんな景色が現われては消え、現われては消え、2人を横目にするように過ぎ去っていった。
「アルス、見て!」
ソロが光の道の先に見えたものに指を差し声を上げる。
ミーニャが開いた、この世界へと繋がる魔法の扉。
空間を呑み込み歪んでいるその扉が、出口だと確信すると、アルスとソロは駆ける足に拍車をかけた。
それは、魔法の扉まで数歩の距離になった時だった。
アルスは、急に足を止めたのは、隣を走っていたもう1人がそれよりも先に、その足を止めたからであった。
「ソロ……?」
アルスはその人物に首を少し傾げ、声をかける。
アルスの視界に映ったその少女は、何もないただ今まで辿って来た光の道を見つめていた。
その額からは一筋の小さな汗が垂れていた。
そして、開き切り、凝固したその目はまるで、信じられない何かを目の当たりにしているようだった。
その異変に気が付くと、アルスはすぐ様に、ソロの体を揺さぶった。
「ソロ! おい、しっかりしろ。 ソロ!?」
カタカタと震え、口をパクパクさせている、その少女の耳には、その声は届かない。
ソロの視覚、聴覚。その全ては、あの景色の中に既に飲み込まれていた。
寒々とした黒い岩肌の見える山の中。
数人の人影に、青髪の青年と、そしてその傍にいる自分の姿が見えた。
その2人が見つめる先にいる、1体の人型の怪物と1人の少女。それに向かって、アルス達の背後から神々しい光を淡く纏う少女が、
「話は、ここにいらっしゃる、シャンジャーニさんとソロさんから伺いました。貴方が世界全体にかけた術のせいで、私は欺かれ、貴方の行為に気が付くことができませんでした。聖戦の日までは、私の治世。これ以上、貴方の所業を野放しにしておくわけにはいきません」
と、毅然として告げた。
光の勇者シエル。そして、忘れもしないこの景色は、魔界へ通じる門のある、北の大地の景色だった。
「本当にタイミングの悪い奴だぜ。あともう少しで、緋炎と蒼穹の両方を一網打尽にできたのにさぁ。分かったよ、今日の所は退いてやるよ」
シエルに背を向け、人型の怪物の側に居た少女が舌打ちを打つ。
いけない――
何とかしなくちゃ――
このままじゃ――
「先生が死ぬ」
北の大陸のあの景色。胸を振動させるように鼓動する音と共に、それを見つめるソロに、後ろから囁きかけるように声が響く。
「このままじゃ、先生が死ぬ。セアの"死の光"。あの時、先生はアルスと"君"を庇って死んじゃったんだ」
ソロの背後から、ソロを優しく包み込む様に抱きしめたのは、もう一人のソロだった。
その目は赤く、それ以外の色は雪のように青白い。
しかし、その姿はソロの目には入っていなかった。
目の前の景色だけが視界にうつり、強迫するように心臓が脈うっていた。
「ボクを……護るため……?」
本物のソロがその声に呼応するように呟くと、もう一人のソロは、薄らと微笑み頷いた。
「けど、過去は変えられる。ソロ、今度は君があの"死の光"に飛び込むんだ。君が先生の盾になれば、先生は救うことができる。助けることができる」
「ボクが……?」




