戦場のソロ3
門をくぐり、灰色の世界へ入ると、門の鉄扉が閉められる。
(終わるまで帰って来るなということか)
ソロは、前に向き直り足を駆けだした。
視界は煙に覆われ、遠くは見えない。
先程駆けて行った兵士たちの足と胴体が見え始めると、隊に追いついたことを確認する。
兵士たちはボウガンや槍、剣を持ち、声を上げて駆けていた。
ソロはその雄叫びの中、中から何かが飛んでくる音が聞こえると、すぐにその場から離れる。
ドンッ! という雷の落ちた轟音に、衝撃波が吹き荒れた。
地面に伏せていたソロは起き上がると、目の前には、誰かのちぎれた腕が落ちていた。
先程の雄叫びは聞こえなくなり、悲痛を訴えるような悲鳴があちこちから聞こえてくる。
「ぐあっ!」
「がっ!?」
斬撃の音の方を見ると、男のシルエットが二つ、力尽きるように倒れて行く。
ソロは剣を構えると、姿勢を低くし、勢いよく駆け出した。
黒い鎧をした男3人は、灰色の霧の中から突如現れた少女に振り向くと、その瞬間に真っ赤な花となって散っていく。
銀色の剣は血を帯び、それを払うと、ソロは止まることなく走った。
目に見えずとも周りに数人、こちらに視線を向けているのが分かる。
その気配が一気に襲い掛かってくると、ソロは片手で拳銃を取り出した。
暴発したような音と共に、現われた男の黒鎧は丸い穴となり砕け、声を上げ倒れる。
そして、銃を打つ少女に背後から斧を持った男が戦斧を振り上げると、銀色の弧が腕を走った。
その瞬間に腕はなくなり、銃弾が額を打ち抜く。
蒼い髪の少女は、まるで演舞するように敵兵を赤く染めていく。
戦場をひたすらに駆け、赤い海を広げていく。
鎧で覆われた大男の首に剣を突き刺し離すと、空になった弾倉を外し、ジャケットの裏からすぐに新たな弾倉を入れる。
襲い掛かって来た男を2、3人倒すと、ソロは剣を引き抜き奥へ向かう。
硝煙が少し晴れて来ると、ソロは足を急ブレーキをかけるように止めた。
ソロだけではなく、生きているイルヴェンタールの兵士も、丘の上に現われたその兵器に足を止める。
キャタピラーのついた、細長い大砲を持つ黒い装甲車。
3台の装甲車が丘の上から、その先端をソロ達に向けると、兵士たちは焦燥し、後退する。
しかし、ソロは知っていた。
後ろに行けば死ぬことを。
ソロは一気に戦車に向かって駆け出す。
後ろからは爆音と共に強風が背中を押すと、ソロはその風に身を任せ宙を飛んだ。
戦車の入口から上半身を出し、銃を構えている男目がけて剣を突き刺すと、手に持った手榴弾の安全ピンを抜き、戦車の中に放り込む。
ソロはすぐにその戦車から離れると、戦車は内部から光と炎を放ち、輪郭だけを残し炎の中に飲まれていった。
次の戦車の入口にいた男が、連射式の銃をソロに打つと、ソロは素早い動きでそれをかわす。
照準が定まらず、乱れ打ち状態になっている男の背後に回ると、ソロは猛毒入りの短剣を取り出し、男に投げた。
背にそれが刺さると、男は声も上げず、魂が抜けた様に倒れる。
戦車の軍は、一人の少女に圧倒されると、急いで後退し始める。
一刻も早くこの場を離れねば、と操縦士がレバーひくと、ガタンと大きく戦車が揺れた。
何か溝に嵌ったような振動に、操縦士は戸惑う。
ソロは、魔法使いが狩猟で獲物を捕らえる、網式のトラップ魔法を仕掛けていた。
2台の戦車は複雑な網がかかり、身動きが取れない。
操縦士が「クソッ!」と声をあげ、銃を持ち入口に出る。
2台の戦車から男たちが顔を出し、辺りを見渡す。
そして、少女を見つけた時だった。
少女は丘の下におり、何かを詠唱し、片手をこちらに向けていた。
急に頭上から太陽のような光が照らし始めると、男たちは不思議に思い、上を見上げた――その瞬間、巨大な魔法陣が空に現われ、大きな太陽が2台の戦車を炎の彼方へと消し去った。
時間を忘れ、生きている事すら忘れそうになった頃、サイレンのような音が戦場に響き渡る。
敵兵が武器を下ろし去って行き、イルヴェンタールの兵が歓喜の声を上げると、ソロはその場にへたり込んだ。
そのサイレンは、敵兵の撤退を意味していた。
ソロは、我に返ると、しばらく何も考えることができなかった。
白く暗い、闇に沈むような感覚が脳裏に広がり、意識はあるものの、そこに自我はいなかった。
ハッと気が付いた時には、昨日の王宮の部屋にいた。
壁にもたれ、血の油にべっとりと濡れた触感が、体のあちこちからしてくる。
ソロはぼんやりとどこかを見つめたまま、ため息をつくと、ゆらりと立ち上がった。
「お風呂、入らなきゃ……」
3時間はシャワーを浴び続けた。
体も念入りに洗う。
バスルームから出て来る頃には、夕暮れ時だった窓の外はすっかり夜の時間に姿を変えていた。
王宮に帰還した時に兵士に言われた通り、明日はあの国王に会わねばならない。
どうにも胸糞が悪かった。
ソロは寝間着に着替えると、ベッドの中に入った。
明日もらう金貨は全て花に替えて、あの戦場の城壁に供えてから出発しよう。
そう思いながら、ソロはそのまま深い眠りについた。
次の日の朝、迎えの兵士が来る前に、荷物を全てまとめると、先生を起こした。
王との謁見の後、すぐにこの国を出ようと考えていた。
数人の兵士に連れられ、王の間に入ると、最初に来た時と同じ顔がズラリと並んでいた。
王はソロを見ると、感極まった表情で言った。
「流石は最強と謳われる冒険者であった。ガズバン国の軍を撤退に追い詰める程の強さ、称賛に値する」
「……ありがとうございます」
ソロはあまり嬉しそうになく言うと、話を続けた。
「無礼ではありますが、王様。ボクは今日すぐにこの国を旅立たなければなりません。約束の方をよろしくお願いします」
ソロが依頼の報酬を求めると、王は渋るような顔で、しばらく唸った後、ソロに言った。
「其方のような手練れを手放すのはおしい。ソロ、我の国の兵としてこの国に定住せぬか? 其方がいれば、この国はより安定したものとなろう。敵国に脅かされる心配もない」
王が微笑み言うと、ソロは首を横に振った。
「それはできません」
「この城に住んでもらっても構わない。食事も好きな物を用意させよう」
ソロが首を振ると、王は更に提案する。
「権力もそれなりのものを与える。其方の今回の活躍は見事であったからな。どんな武器も衣服も其方が望むものを取り寄せよう!」
王の言葉にソロは呆れたような顔で首を振った。
「どんな地位や生活をもらっても、ボクはこの国に留まるつもりはありません。早く契約を解除してください」
すると、王は眉を顰め、怒りを含んだ声で言った。
「其方が我の条件を飲まぬというのなら、この依頼は解除せぬ。報酬もやらぬ!」
王が叫んだその時だった。
王の手の甲の赤い刻印が急に光り出したかと思うと、王のその手は刻印ごと吹き飛んだ。
真っ赤な絨毯が更に赤く染まり、周りにも赤い液体が飛び散ると同時に、ソロの手の刻印も消えて行った。
王は無くなった腕を抑えながら、悲痛の叫びをあげ、その場に倒れ込む。
大臣と近衛兵が数人すぐに王に駆け寄ると、赤髪の少女が剣を抜き、ソロに向け言った。
「貴様、一体何をした!!」
ソロはただその光景を見、悪びれもなく答える。
「ボクは何もしていない。王様が契約を破ったからだよ。依頼における約束は絶対だ。その約束を破れば刻印がその者に罰を与える。依頼をする前に注意されたはずだよ」
すると、その少女はキッとした顔をした。
「貴様! この場で私が八つ裂きにしてやる!」
少女の声に、周りの兵士とその少女が、ソロに斬りかかろうとした時だった。
波動のようなものがソロから円心上に広がると、少女たちの動きが止まる。
「な、何だこれは……!?」
「身体が動かぬ……!」
「今回の依頼の件、ここにて破棄させて頂きます。それでは王様、お大事に」
ソロは一礼をすると、踵を返した。
去ろうとするソロを見ると、王は悔しそうな声を上げた。
「クッ……、お、覚えておれ! この流浪者が! 我は必ずや主の首を打ち取る!! 世界のどこにいようと、このイルヴェンタール国のクロスネピアが必ずやお主の首を打ち取ってくれようぞ!!!!」
その声を後ろに、ソロは振り向くこともなく、玉座の間を後にした。
国を出る前に、城下町の花屋で花をたくさん買うと、ソロは荒野の城壁に向かった。
城壁門から離れた、兵士の姿の無い場所に来ると、ソロは花々を地に添えた。
戦場で死した全ての人達が、安息の地へ無事に辿りつくことができるよう祈りをささげると、ソロは荒野の中を歩きだし、イルヴェンタール国を去って行った。




