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フォレシアと老竜3

 老竜はフォレシアをしばらく見つめながら、沈黙した。

 宝石のような瞳の奥には、黒い世界がどこまでも広がっていた。

 まるでそれは、終わりを知らぬ夜の空のようだった。


「深緑の勇者に伝わる聖なる武具か」


 老竜の声にフォレシアはようやく我に返ったようにハッとする。

 自身の背負っている白銀に輝く弓。

 フォレシアが驚き、なぜこの弓について知っているのかを訊ねるよりも先に、老竜は懐かしむようにその弓を見つめ言った。


「ハイムに手渡したあの日以来、再びこの目でそれを見る事ができようとは思わなんだ」


 ハイム。

 聞き覚えのある名に、記憶の彼方からそれが光線のように駆けてくると、それはそのまま凛とした少女の音を帯びた。


「それは、シルフ=ハント=ハイム様のことですか?」


 シルフ=ハント=ハイム。それは、エルフ達の中で最も腕の立つ狩人と謳われ、そして、深緑の勇者の始祖に当たる者を指す名であった。

 フォレシアが訊くと、老竜は静かに大きな首をゆっくりと縦に振った。


「遠い昔の話だ。今思い返せば何もかもが懐かしい。其方が持つその弓は、神々から(おお)せつかり、我が創った物だ」


「貴方が、この弓を?」


 フォレシアは、手に取った弓を、パチクリとさせながら見つめた。

 

「フォレシアと言ったな。1つ我の話し相手に付き合ってはもらえぬだろうか」


 顔を上げるフォレシアに、老竜は苦笑を浮かべると、


「何、老いたものの細やかな願いだ。ハイムの弓を持つお主のことについて、色々と聞かせてもらいたい」



 老竜は、気高く威厳のある姿とは異なり、物腰柔らかで、とても穏やかな竜だった。

 元々、紅い体色をした火炎竜で、その姿を見た人間達はその畏怖から"劉炎(りゅうえん)"と呼ぶようになったらしい。

 天を駆け、世界を巡り、この地に降り立ってからは、神に仕えるものとしてこの森に棲みつき、森を守って来たが、老いが進んだ今ではその当時の勇ましい姿は見る影もなく、体色は白くなり、今では翼を広げ空を飛ぶどころか、自身の体を起こす事もできなくなってしまった。


「昔はこの森にも犬獣(けんじゅう)(:狼のような姿をした精霊)や我のような竜がいたが、今ではこの森に棲む精霊と呼ばれる存在は我くらいだ」


 老竜はどこか寂し気な目をしていた。


「他の精霊様は、一体どこへ行かれてしまったのですか」


 フォレシアが訊くと、老竜は、


「それは様々だ。我ら竜のものは異界へ旅立ち、ほとんどのものは、神域の世へ還った。(みな)、この世界に滅亡が訪れる日は近いと悟ったのだ」


「世界に、滅亡が?」


 フォレシアが繰り返すと、老竜は深く頷いた。


「ああ。直にこの世界には、大きな災厄が訪れる。大地は割れ砕け、天と海は荒れ狂い、気候はその姿を大きく変えることだろう。

 緑豊かなこの大陸も、やがて死の大陸と果て変わる時が訪れる。

 今ではそんな災厄が訪れる前兆こそ見えはせぬが、我らには分かるのだ。この世界に、終焉とも言えるほどの災いが訪れようとしていることが」


「それは、魔界の門が開くことを仰っておられるのですか?」


 フォレシアが訊くと、老竜は少し目を開いた。

 しかし、その瞼が元の位置に戻ると、老竜は頷き、


「魔界に新たな王が生まれたと聞いた。その強大な魔力は、魔界にこそ繋がっていない今でも、我には手に取る様に分かる。

 あのような魔力がこの世界に持ち込まれれば、この世界を渦巻く魔力の秩序は(たちま)ち冒され、大変動が起こることだろう。

 しかし、この世界で最も強大な力を持つもの、人間達はそれに気づいているものは少ない。

 それどころか、互いに争い、いがみ合ってすらいるのだ。ノウ帝国、カナン大国、フラキシア王国、名だたる大国に続き、新興し力を急速に伸ばしつつあるイルヴェンタール国も保身の為にその力を使おうとしている。太古イグニシアの地で、魔界の脅威に協力して立ち向かうことを知らず、互いを陥れることばかりを考えていた、マーズ大帝国を初めとした国々に落とされた神の鉄槌の歴史を忘れてしまったのだろうか。嘆かわしいばかりだ。

 それに希望を失い、この世界を離れることに決めた精霊たちは数多くだ。まぁ、白狐のようにこの世界に残ることを決めたもの達もおるがな」


「…………」


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