ソロと地獄5
驚倒しそうになる司教を前に、ティアラは顔をぱぁっと晴れさせた。こみ上げてくる喜びが喉を通り、言の葉としてその口から出る寸前、それよりも前に、アルスとソロは一気に鞘から剣を引き抜いた。
その姿にティアラの表情は戸惑いに変わる。
剣を構える2人の目つきは、まるで邪悪な悪魔でも前にしているかのような、敵意に満ちた眼をしていた。
「ソロさん……? アルスさん……?」
キョロキョロとティアラが2人を見て、困惑して言う。
しかし、2人の視線がティアラに向くことはなかった。
瞬きもせず、鋭石のように冷たく眼差しだ。
「おやおや、まだ生きていらっしゃったのですか。しぶとい人達ですね」
ぱっぱと服を払い、動揺から返りカルネージが言うと、アルスが返した。
「てめェこそ。地獄は、邪なお前にはお似合いの場所だぜ」
「フン。おや?」
アルスを鼻で弾くと、カルネージはアルス達の背後にある異形の生物に気が付く。
その腕に抱えられた球体が放つ邪悪な光。魔界に住まう者にとっては、悪しきものそのものだった。
それが一体何であるのかを理解すると、魔司教のギョロリとした瞳は、飛び出さんばかりに大きく見開く。
「あ、あれは、聖霊の宝珠!! まさかこのような場所でお目にかかるとは、何たる幸運! 災い転じて福となすとは、まさにこういう事を指すのでしょう!
オッヒョッヒョッヒョ、長らくの間この地に居座った甲斐がありました。ベラーノ王家の血を途絶えさせ、地獄の業火で大地を灰と化す使命に加え、蒼穹の勇者を抹消し、そして聖霊の宝珠を破壊する機会をも巡り渡って来た!! 我等が神であるセア様、今日という幸運の日はありませんぞ!」
カルネージが両手を天に広げ、奇声に等しい豪快な笑声を高らかに放つと、ティアラはカタカタと唇を震わせた。
「ベラーノ王家の血を途絶えさせる……? カルネージ様、一体何をおっしゃって……」
司教の言葉が信じられんとばかりに、ティアラが訊くと、カルネージは「およ?」と首を傾げた。
「おっほっほ。おバカな姫様は未だ状況を理解していらっしゃらない?
良いでしょう。わたくしめがお教えして差し上げます。
私は、我等が世界を治める王であり神たる闇の王、セア様の使いカルネージと申します。長らくの間、この世界に大災厄を齎すという使命のもと、貴方様に仕えておりました。ベラーノ王家を途絶えさせ、神々の憤怒が大地に吹き出せば、この世界には業火が溢れ、まさに地獄と化しましょうぞ!」
「嘘……よね? だって……、だって司教様は――」
少女の言葉は声を失ったように途絶えた。
最愛の兄が亡くなった時も、昨今父が死去した時も、頬に流れる涙を優しく拭うように、いつだってすぐ傍で支えてくれた。
雲の切れ間から差し込んだ光でできた日向のように、温かく心を包み込んでくれた、そんな司教の口から出た言葉は、少女の心を矢のように突き抜けた。
理性よりも先に感情が走ったように、ティアラの頬には涙が伝った。
裏切られた。
空虚なその表情の中、ティアラは力が抜けた様に、その場にへたりと地に足をつけた。
そんな少女の姿を嘲笑するようにほくそ笑むと、カルネージは、
「人間の小娘の面倒を見る事は、文字通り面倒なことではありましたが、セア様の理想とする世界の為であれば、これしきの苦行も苦にはなりませぬ。
しかしまぁ、地獄の口の下がこのような場所になっていたとは驚きました。まだ煮えたぎる溶岩の中に突き落とした方が確実でしたね。いやはや、わたくしの誤算でした――」
「黙りやがれ!!!」
爆音のような怒声が発せられると、カルネージは肩をびくりと震わせた。
その声の方向に振り向くと、額に血管を浮かべた、青髪の青年が、ギロリとした眼で、歯をギリギリとさせながら、こちらを睨みつけていた。
「てめェみたいなクソ野郎は、地獄だけじゃ足らねェらしいな」
すると、ソロも再び剣をキンと静かに構え直し、
「そうだね。ボクも久々にカチンと来たよ」
すると、カルネージは不敵に笑い、
「良いでしょう。ここからどのように脱出するかの算段は、貴方方を手厚く葬ってから考えることにしましょう。さぁ、かかってきなさい。私の力、とくとお見せいたしましょうぞ!」




