ソロと地獄3
地獄の口の前。ダイガが斧を、そしてミーニャが立ち上がり睨む様に杖を構える先にいる魔物は、ケタケタと笑みを漏らしていた。
司教が魔物であったことをまだ信じられない者の多い中、ようやく状況を理解し我に返る兵士たちが現われると、剣を抜く音が次々に聞こえてくる。
「貴様、一体いつからこの国の司教と成り代わっていた?」
ダイガが訊くと、カルネージは首を傾げ答える。
「愚問ですね。成り代わっていたのではありません。私は人間の姿となり潜伏し、この国の大司教の座まで上り詰めたのです。
ですからカルネージという司教は初めより、この私しかいません」
すると、カルネージは天を仰ぎながら愉悦の声で言った。
「ああ、私はこの時を待っておりました。王位継承の儀式で、愚かな神々の憤怒渦巻くこの大地で、あの小娘を抹消するこの瞬間を!」
「貴方……、ずっとそうやってティアラ姫を騙していたのですか?」
ミーニャが怒りを滲ませた声で言うと、カルネージは、およ、と再び首を傾げミーニャに振り返る。
「騙してはおりませんよ。子どもの愚痴を作り笑顔でやり過ごす事等、なんの造作もありません。常に煩わしい思いを抱きつつ、姫様にはそのお心で向き合って参りましたぞ」
「シュヴァルツといい、どうにも、セアの手先の魔物というものは、腐り切っているらしいな。その腐食しきった精神、この俺が断ち切ってやろう」
ダイガが戦斧をブンと振るうと、張り詰めた雰囲気が地獄の口の前にいる一団を包む。
ダイガがカッと目を見開き、威勢の良い声を上げ、カルネージに向かって斧を振り下ろすと、カルネージは「ひょっ」と軽やかに避ける。
ミーニャも怒りに来ているのだろう。
無詠唱という高度な技術で杖先に魔力を込めると、手のひらサイズの火球弾を次々と魔司教に向けて連射する。
「およよ? あなたも魔法が使えるのですか。良いでしょう、わたくしの魔法とどちらが強いか尋常に勝負――」
しかし、ミーニャはその言葉に耳を貸す事はなかった。
「やあああああああ!!!!」と激怒の帯びた戦慄の声を上げると、凄まじい速さの巨大な火球弾が大砲の如く司教に向けて放たれる。
魔司教も驚き、こぼれんばかりに目玉を広げると、咄嗟に紫色の小さな火球弾を連射する。だが、それはミーニャの放った火球に呑み込まれるようにパチ、パチと砕け散ると、加速する火球弾は勢いよくカルネージにぶつかり大きな炎の壁が立ち込めた。
カルネージは「ギョエエエエエエ」と断末魔のような悲鳴を上げるも、炎の壁から見えた彼の姿ははっきりとしていた。
しかし、火球弾の衝撃で態勢を崩したカルネージはゆらゆらとよろめくと、間抜けな声と共に、アルス達の落ちて行った奈落へと転げ落ちて行った。
「しまった」とばかりに、ダイガとミーニャに続き、兵士たちが続々と穴に集まると、闇の立ち込めるその奈落を覗くように見つめた。
「その血、枯れた大地に与える時、炎禍の神の恵みを賜らん――。やってみるしかないか」
地獄の底。真っ赤な大地の真中で顔を合わせ、アルスが言うと、ソロとティアラは頷いた。
今は亡き父より聞いた、ベラーノ王家に伝わる古歌の一節。
旱魃に苦しむ砂漠の民が、救済を求め、その血を枯れた大地に注ぎ、大陸神が民を死の淵より救った、という神話を元にしたものだった。
真実かどうか分からない、まして別世界とも言える空間で、それを再現しようという考えはバカげているかもしれない。
だが、大陸神が大聖霊であり、聖霊の宝珠の伝承通りであれば、きっと大聖霊への道に繋がるヒントは得られるだろう。
そう願うばかりだった。
アルスは携帯ナイフを手に取ると、心配そうな顔でティアラに訊ねた。
「けど、本当に良いのか。姫さん」
「大陸神様のご慈悲を賜ることができるのであれば、苦ではありません。それに、兄様と一緒に遊んでいた頃に、怪我は城の者に呆れられる程にしてきましたから」
ティアラがそう言うと、アルスとソロは微笑みを返し、「よし、じゃあ行くぜ」と、3人はナイフで手のひらに軽く一切り入れ、1滴の鮮血を大地に垂らした。
ソロがすぐにちぎった布を渡すと、3人は手のひらをそれで抑え、大地を見つめる。
大地の赤よりも鮮やかなそれぞれの血の雫は、絨毯に染み込む様に大地に消えていく。
やっぱりダメか――
アルスがそう言おうと口を開いた時だった。
地面が大きく揺れると、3人は足をとられ、躓きそうによろめく。
ソロが倒れそうになったティアラを抑えると、3人は大地の異変に気付いた。
目の前の赤い肉のような地面が山のように盛り上がると、みるみるうちに膨れ上がり、丘のようになる。
揺れが収まり、アルス達はすぐにその丘を駆け上がると、頂上にあった、それを前に立ち止まった。
ぽっかりと空いた穴。
大きなモグラが掘った様な、地中深くどこまでも続いているのが手に取る様に分かる、そんな穴。中はトンネル状の滑り台のようになっている。
しかし、ソロ達が息を呑んだのは、突如として現われた丘でもなく、その平らな地にあった奈落に繋がるような穴でもなかった。
その穴から、風が吹いてくるように聞こえて来た声。
すすり泣くような、苦しそうな、それとも怒りのあまり唸立っているような――その全てを織り交ぜた不気味な声が、穴の奥からソロ達に呼びかけるように聞こえてくる。
「何の声でしょう……」
ティアラが口元に手を当てながら言う。
「人間の声……ではなさそうだな」
「……行く?」
ソロが訊ねると、アルスは、
「行く……しかないだろう。何にせよ、姫さんの王家に伝わる歌で起こったことだ。大陸神とは関わりのあることだろう」
アルスはそう言うと、大きく深呼吸をし、
「よし、俺がまず最初に行く」
「分かった」
ソロとティアラが頷くのを見ると、アルスは、穴を再び見つめそして、滑り込む様に飛び込んだ。
そして、その数十秒後。穴から何か物が乱暴に地面に落ちたような鈍い音が聞こえると、その後から、
「おーい、大丈夫だ。思っていたより全然浅い」
アルスの声が聞こえてくると、ソロはティアラに向き直り、
「ボクが前になるので、ティアラさんはボクの背中にくっついて来て下さい」
「分かりました」
ソロが位置につき、ティアラがソロの腰にしがみつくように腕を回すと、
「じゃあ、行きますね。しっかり捕まっててください」と、勢いよく、その穴を滑降した。




