ソロと地獄2
「ソロー! 何か見えるかぁ!」
大小の長方形が重なった、塔のような構造物の頂にいるソロに、両手メガホンでアルスが下から呼び掛けると、ソロはもう一度周囲を果てまで一望した。
東西南北どこを見渡しても、見えるのは地平線の果てまで広がる血の海のような大地だけ。
ソロは構造物からヒョイと飛び降りると、緩衝の為に着地の寸前に膝を軽く曲げ、地に足を着けた。
ソロはアルスとティアラに向き直ると、眉を垂れ、首を横に振った。
「ダメ。どこを見てもずっとこんな景色」
同じような表情になり、「そうか……」とアルスが返すと、ティアラは、いよいよその場に座り込み、嗚咽を漏らす。
「もうイヤよ、こんなの。どうして、こんなことになってしまったの? 大臣、カルネージ様。お父様、お兄様ぁ……うえっ、ヒック」
今まで相当堪えていたのだろう。
アルス達の前で恥をかくまいとしていた為か、それとも次期王として勇敢に立ち振る舞おうとしていた為か。ソロよりも幼い少女にとっては、とても耐えられない状況だった。
アルスはティアラの背中を優しく摩りながら、ソロに言った。
「なぁ、ソロ。一つおかしいと思ったことがある。俺達、もうこの世界を歩き回って相当経っていると思うんだ」
アルスが言わんとしていることを、ソロは察すると、ソロも頷いた。
「ボクも同じことを思ってた」
そう。どれほど歩いても、それだけでは決してこの世界を脱することはできない。
左右縦横、どの方向に向かっても、辿り着く先は1つだけだった。
最初は、無作為に立ち並ぶ異形の構造物も、似たようなものばかりだと思っていたが、その感覚は少し間違っていた。
似ているのではなく、全く同じものを何度も見ているのだと気が付いた時、絶望感が胸の底から沸々と静かに広がった。
「間違いなくボク達、この世界をループしてるよ」
ソロの言葉に、アルスは、やっぱりか、というように言った。
「無限地獄って訳か」
ソロも息を溢す。
「なぁ、姫さん。辛い所悪いんだが、何でも良い。何か"地獄の口"とかいうやつに関わる話を知らないか。些細なことでも良い。もしかしたら、ここを脱出できるヒントになるかもしれない」
アルスの言葉に、涙を拭いながら、姫はしゃっくり交じりに答えた。
「私もよく分からないんです。本当ならお兄様がこの国の王になるはずだったんです。お兄様が亡くなって、王位継承権が突然私に移り、私が聞いたことはお父様から聞いたことと、王家から昔から伝わる伝承だけで。本当に分からないんです」
「姫さんが知っていることだけで構わない。何か地獄の口の先の世界、それにまつわる話を何か知っていないか?」
アルスの言葉に、姫はしばらくしゃっくり交じりの泣き声のみになると、何かを思い出したように顔を上げた。
「地獄の口の先の世界は、地獄という言い回しは一度もされていません。お父様の話や、王家に伝わる伝承でも、"地獄"という言葉は"地獄の口"という言葉以外にはありませんでした。地獄の口の先を示す言葉、それは、神々の憤怒の渦巻く世界としか……」
すると、再び少女はハッとした。
「そういえば、お父様から聞いたことがあります。神々の憤怒の渦巻く世界には、その怒れる波を治める主がいると」
「主?」
アルスとソロが口を合わせると、ティアラは少し不安そうに付け加えた。
「ただ、それを聞いたのはずっと前に1度だけで、その真相は分からないんです」
アルスが顎元に指を当てると、ソロはアルスに言った。
「ねぇ、アルス。そう言えば、ボク達の探している聖霊の宝珠がある場所も――」
「荒ぶる憤怒の渦巻く世界。待てよ待てよ、って事は、この世界が姫さんの言う"神々の憤怒の渦巻く世界"で、聖霊の宝珠にまつわる"荒ぶる憤怒の渦巻く世界"を指しているんだとすれば、その主っていうのは……」
大聖霊。
アルスとソロが口を揃えて言うと、2人の顔色に少し光が戻った。
「聖霊の宝珠は大聖霊が持っている。アルス、この世界に大聖霊がいるとすれば!」
「姫さん、もしかしたら何とかなるかもしれない。今度は別の質問なんだが、大聖霊っていう言葉は、聞いたことはあるか?」
アルスが訊ねると、ティアラは強く首を縦に振った。
「赤の大地に住まうとされている、大陸神様のことであれば知っています」
「何でも良い、それについて俺達に教えてくれないか?」
アルスが訊ねると、ティアラは頷き、アルス達に話を始めた。




