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守り猫

守り猫4

作者: 天鳥そら

江戸時代にネズミを追い払うために、猫の絵を飾っていたという話を聞いて思い浮かびました。



9月も終わりに近づいた真夜中、窓を強く叩きつける雨と木々の枝をあおり、すべてを吹き飛ばそうとするような風が吹いていました。夏も終わり秋が始まる頃に訪れた台風は、十歳になったばかりの少年を驚かせました。



「こんな台風、初めてだ」



うつろな目でぴったり閉まった窓の外をカーテン越しに眺めます。影が大きく揺れて、たまに窓に何かがバシリと当たるので、体が動く間に雨戸を閉めておけば良かったと後悔していました。夕食を食べ終わった後、急に胃のあたりがムカムカして吐き気がしたので、歯磨きもせずにベッドにもぐりこんだのです。

お母さんが何かと世話を焼き、どうも熱があるらしいと顔をしかめて、体温計で熱を確認してから、明日になっても熱があるようだったら病院に行きましょうと少年を安心させるように微笑みました。



少年はうつらうつらとしながら、たまに目を開けて暗闇の中をじっと見ていました。クローゼットの近くに机と野球道具が入った道具箱。友達が来た時に使う折りたたみのテーブルと座布団がわりのクッション。壁には好きな野球選手のポスターが画ビョウでとめてあります。



木の扉には、前足としっぽの先が白いオレンジ色の猫が背中を見せた絵を、セロハンテープで貼ってありました。



(なんで、あんな絵を買っちゃったんだろう)



もう一度目を閉じてゼーゼーと息をしながら夏休みの特別郊外学習の時のことを考えていました。



小学校は夏休みに入っていましたが、登校日の他に1日だけ学校の生徒と先生で、動物園や博物館。水族館に行って絵を描いたり作文を書く宿題がありました。


今年は町の中で古くからあるお店を探して、買い物をしながらお店の人に話を聞くようにと言われました。



江戸時代からあるというお店で猫の絵を売っている古いお店がありました。同じグループの子が猫を飼っていたので興味を持ちました。猫の絵だけでなく猫の置物や人形、本も置いてあります。



「ここのお店は?」


「食べ物屋にしようって言ってたじゃん」



「そうそう、お菓子屋さんでお菓子買ってお土産も買って…」



「じゃあさ、両方行こうよ」



副リーダーが地図と時計を見て、最初に行こうと話していたお菓子屋さんがここから近いと言ったので、みんなはほっとしたように笑いました。



「なら、いいや。俺、猫好きだし」



「お菓子も好きだし!」



みんなで笑ってから緑の布地に、白で猫の絵がかかれたのれんをくぐって木枠の引き戸に手をかけました。



「こんにちは」



「いらっしゃい」



この時いたのは引退したおじいちゃんで、息子の代わりに店番をしているのだとシワだらけの顔をくしゃくしゃにして笑いました。



学校の宿題だということやお店の話を聞かせてほしいということを、夏休み前に作ったしおりを見せて説明しました。おじいさんは、そうだねぇと眼鏡をかけた顔をしおりに近づけて左手で顎をなでています。



それから、江戸時代にいた猫の絵を描く絵師の話をしてくれました。猫の絵をネズミを追い払うために部屋に飾ったりした話をみんな興味深く聞いてメモをとります。



「ネズミを追い払うために実際、猫を飼う家も多かった」



「わかる!うちのハナちゃんもネズミを捕まえてくるの」



その時のことを思い出したのか気味悪そうに身震いします。猫の絵はA4サイズで印刷された和風の絵をそれぞれ1枚づつ買うことにしました。丸まって昼寝をしている猫、ネズミをくわえている猫。桜の木の下で座っている猫。いろんな絵柄があり、次にお菓子屋さんに行かなければならないというのにずいぶん時間をかけてしまいました。



「これ…」



後ろ姿を見せたオレンジ色の猫に思わず手がのびました、ちらりと見える前足と、長いしっぽの先が白く上品さと絶対顔は見せないぞという負けん気の強さを感じました。みんなには散々もっと良い絵があるのにと言われながら、後ろ姿しか見えない猫の絵を買いました。



挨拶もそこそこに町の中を走り、お菓子屋さんで同じように買い物をして話を聞いていたら、集合時間ギリギリでした。


無事に終わった郊外学習と残った夏休みを満喫している間、買った猫の絵は机の一番上の引き出しに入れっぱなしでした。始業式が始まってからやっと思い出して、散々迷ったあげく猫の絵を部屋の扉にセロハンテープで貼りつけました。



「かわいくないヤツ」



自分で選んだというのに、後ろ姿しか見せない猫に文句を言いました。



「うちにネズミはいないけど、よろしく頼むぜ」



猫の絵ににっと笑うと元気に学校へ通い、嫌な宿題をして友達と遊ぶ日々を送りました。



風邪を引いて寝込むのは本当に久しぶりだったので、自分でも思う以上に弱気になっていました。夜中にやってきた台風は明け方には通過するとTVで話していましたが、心細いことに変わりはありません。



頭を持ち上げて猫の絵を見てぎょっとしました。



(猫が…いない?)



後ろ姿を見せてじっと立っているはずの猫がどこにも見当たりません。猫の他に梅の枝が描かれていますが、梅は綺麗に咲き誇っています。


熱のせいだと思って目を閉じると、窓に何かがぶつかる音がしてまた目を開けました。



(怖いな)



そう思うとどんどん怖くなって頭から布団をかぶって丸くなりました。早く朝になれという気持ちと思いきって起きてお母さんとお父さんの所に行こうかと考えます。起き上がろうと考えたとたん、頭に何かがのっているように重いので、祈るようにして布団の中で丸まっていました。




どれくらい時間が経ったのか、息苦しさからおそるおそる布団から顔を出しました。窓の外は、風がおさまり木の枝が穏やかに揺れています。



(よかった。台風、いっちゃったんだ)



ベッドから起き上がり足元に目を向けるとオレンジ色の猫が丸まって寝ているのが見えました。少年は猫を飼っていません。扉や窓はぴったりと閉まっているのでどこかから入ってくることもできません。



この不思議な猫を少年は少しも怖いと思いませんでした。



「うちにネズミはいないぞ」



軽口を叩くと猫はのそりと起き上がり、少年の方へゆったりと歩いてきました。細くしなやかな体に見惚れながら、少年は思わずのけぞりました。



「なんだよ」



猫は少年の胸の上に右の前足をのせると、ナーゴォと大きな口を開けました。小さな牙が見えて一瞬喰われてしまうのではないかと、ぱかりと口を開けると少年の口から黒々とした大きなドブネズミの形をしたものが飛び出していきました。猫はさっと少年の体から飛び降りて、逃げるネズミを追いかけます。しばらくして、キィィィィッという声がして静かになりました。



「今の何?」



気づけば朝日が部屋に射し込んで、風も雨もすっかりやんでいることに気がつきました。



「俺の中に何がいたんだ?」



口元に手をあててから体が軽くなっていることに気づきました。寝巻きも下着も汗でびっしょりでしたが、熱はすっかり下がっているようでした。ベッドから降りて猫の絵に向かいます。



いつものように後ろ姿を見せる猫をなでてから、部屋の中を見ました。先ほどまでいたネズミや猫は見当たりません。もう一度猫の後ろ姿を見てにかっと笑いました。



「ありがとな」



そのまま扉を開けて水かジュースを飲みに台所へと向かいます。



誰もいなくなった少年の部屋の扉にはられた猫の絵の、梅の花びらが一枚はらりと落ちました。




後ろ姿しか見えない、見えないと思うと見たくなってしまいます。読んでいただきありがとうございました。

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