風景描写はグーグル・ストリートビューを活用すべし
以前、とある相互お気に入りユーザさんの活動報告のコメント欄で書いた内容を大幅改良したものです。
みなさんの創作活動の一助になれば幸いと思い、筆をとりました。あくまで執筆されている方対象のエッセイですので、あらかじめご了承ください。
さて、みなさんは創作されるとき、風景描写に苦労されていないでしょうか?
どうも『なろう』において、風景描写はかったるいらしく、適当にすっ飛ばして描かれている人が多いような気がします。
たしかに肝心な地の文は、物語の流れそのものだったり、独自の世界観、話者の生き生きとした会話、あるいは心理描写の方に重きをおくべきだとおっしゃる方もいるでしょう。
ですが、なにごともバランスも必要です。
あたかも読者がそこにいるかのような臨場感、空気感を出せてこそ、物語はリアリティが増し、より没入感が得られるはずです。
したがって、風景描写はなくてはならない骨格の一部でもあると思うのです。
この際、「風景描写がなくったって、こちとら想像力で補完できるんだよ。あんたのお粗末なソレとちがって」というツッコミは抜きにして。
ふつう人は、見たことのない場所を描くのが難しいのではないでしょうか。もちろん豊富な語彙をそなえ、しなやかな表現力がともなっていないと、とても描ききれない。
気持ちがノリノリになっているときは、サラサラッと書いただけの文章で、うまく表現できていることもありますが、苦しいときは描写が浮いてしまうことだってある。ましてやファンタジーの世界なんて、現実に目の当たりにしたことがないのに、描写は至難の業ではないでしょうか。
そこで現代人ならではの技術を活用すべきです。僕の場合、これで多少は想像力の拙さが補えるようになりました。
それはグーグルストリートビュー。
自分が舞台にしたい日本のどこかを(もちろん海外でもよい。今日び、北朝鮮の街中もストリートビューできます。ちなみにグーグルマップにおいては、平壌のハリボテみたいな薄っぺらな建物まで暴露してしまっています)、じっさいにストリートビューで移動してみるのです。これだけでなんだか風景描写の手がかりを得られるような気になりませんか?
日本各地にある名勝地。行ったことはないけど、さぞかし自分が住んでいる場所とはちがい、景色がきれいなんだろうな……と、『隣の芝生は青い』じゃないけど、大なり小なり誰でもそんな思いを抱いたことがあるのではないでしょうか。
ところがいざストリートビューにて、ディスプレイ上で移動してみると、意外とそれほど感銘をうけなかったりします。……なんだ、自分が住む地元と、さして変わりないじゃないかと。
えてしてこんなものです。地方に住む若者は都市部にあこがれて移り住んだりするのですが、感激するのもせいぜい半年ほど。その土地に住む人々だって、自分や周辺の人間と価値観や思考はそれほどちがいのないことに気づくはずです。
……おっと、脇道にそれました。軌道修正。
もちろん、希望の現地に直接行って歩いてみることにより、その場の空気を肌で感じたり、小説の内容にもよりますが、取材することによってリアリティは増すでしょう。生の現場を見るに越したことはありません。行けるなら、ぜひ行くべきです。
ですが、忙しい毎日をすごす我々にとって、物理的・経済的に限界がある。
ヨーロッパの雰囲気満載のファンタジーを書きたくても、なかなか取材旅行には行けないのが実情なのではないでしょうか。想像力だけで突き進むのも、おのずとしんどくなってくる。
そこへ来て、グーグルストリートビューは偉大です。今や地球上の大部分の場所を網羅しています(もちろん、日本において、あまりにも田舎の脇道はストリートビューできるわけではありませんが。でもたまに、とんでもない田んぼのあぜ道がビューできたりします……)。
ぜひともグーグルの恩恵を感じてください。PCのなかった時代の作家とはちがい、我々には心強い味方となってくれるはずです。僕の場合、これを活用して、2、3割は描写が強化されたような気がします。
話がそれますが、グーグルマップで奥深い山中を俯瞰で覗いていますと、ポツンと不自然な家屋を発見することがあり、いやがうえにも好奇心をソソられます。
じっさい、朝日放送テレビ『ポツンと一軒家』(毎週日曜19:58~20:56)で、直接現地に行ってみる企画をやっているので、興味を憶えた人もいるのではないかと思います。
これだけで想像力をかきたて、ネタが浮かびそうではありませんか。ご飯が3杯食べられそうです。
またまた話が脱線しますが、山中の一軒家に関して、僕にはこんな経験があります。
20歳のころです。いまは亡き某ペリカン便で集配のアルバイトをしていました。ライトバンが足でした。
担当地区はとんでもない僻地。深い山を分け入った先に、谷いっぱいに千枚田が広がっているような、日本版チベットとでもいうべき田舎でした。この千枚田はオーナー制を採用しており、田植え・稲刈りの時期に体験学習させてくれることで知られているところです。都会からいらっしゃる方も少なくありません。米は水がきれいな場所ほどおいしくできるため、ブランド精米も人気です。
ある日、その千枚田から山に入りこんだ一軒家に荷物を届けにいかなければならなくなった。地図で見ると、ほんとうに一個の家がポツンと記されているだけ。
国道から石段をのぼり、山道を歩くしかない。僕は荷物をかかえ、石段をあがり、山道に足を踏み入れました。
まわりは杉の巨木に囲まれ、昼間でも薄暗い。
しばらくテクテク歩いていくと、左前方に件の一軒家が見えてきた。
ところが様子がおかしい。
築50年以上ものオンボロ平屋なのだが、手前にある広い庭先を、丈の高いトタンや板塀でグルリと囲ってある。ハリガネで補強し、つぎはぎだらけ。
しかも、それだけじゃない。
敷地内の上にも、ハリガネが縦横無尽に張りめぐらされ、ビッシリと数えきれぬほどの鳴子(忍者屋敷に出てくる、昔の警報機)が、ぶらさげてあるのです。
物々しい雰囲気。――家というよりまるで要塞だ。
まさかあの家から、頭のネジがはずれた世捨て人が散弾銃をかまえたまま出てくるんじゃないか、気が気じゃなかった。
とはいえ、配達をしないわけにはいかない。どこかにバリケードのすき間がないか探していたときです。
突然、なにかに足を引っかけ、前のめりに倒れた。
倒れた先に落とし穴があった。
かろうじて頭を打ちつけるのはかわしたものの、おかげで制服が泥まみれに。
なにが起きたのか理解できず、倒れたまま足もとを見た。
これもハリガネがピンと張られていた。まるで侵入者に対するトラップ。しかも倒れた先に落とし穴を用意した念の入れよう。
穴のなかに、先端を尖らせた竹槍でも仕掛けられていたらアウトだったでしょう。しかも竹の先には糞尿を塗り込んであり、たとえ致命傷を負わなくても、破傷風にかかる恐れがあったかも。
……しかし、今はベトナム戦時じゃないのだが?
そのとき、バリケードに取りつけてあったらしい戸が開き、老夫婦が出てきた。2人とも腰が曲がっており、ニコニコ笑っている。
「あれぇ……兄ちゃん、大丈夫かのう。わざわざこんなところになんの用で来てくださった?」と、見るからに人の良さそうなじいさんが言った。
「まあ、ゴメンなさいね。ケガはしてない? あれまあ、宅配便屋さんかいの?」と、これも見るからに人の良さそうなばあさんが言った。
僕はポカンとして2人を見た。
カラクリはこうでした。
なんでも、夜ごと巨体のイノシシが出没しては、敷地内で作った農作物を根こそぎ食べられるのが、自給自足をしている老夫婦の悩みの種だった。
そこで敷地のまわりにバリケードをめぐらせ、万一侵入された場合のために鳴子を仕掛けていたのだと。
あのハリガネ・トラップと落とし穴も、イノシシを捕らえるための罠だったらしい(そのわりには穴は浅すぎたが)。
「まあ、そういうこった。兄ちゃんにはエライ目にさせちまったのう。事前に電話してくれてりゃ、こっちから道まで出向いてやったのに」と、じいさんはすまなさそうに頭をさげた。
僕は荷物を手渡した。服についた泥を払い、伝票を出しながら言ったものです。「あの~、それよりハンコ、お願いします」
……ほかにも、こんなエリアがあります。
日本の滝百選にも選ばれ、平成16年、『紀伊山地の霊場と参詣道』の1つとして、ユネスコにより世界遺産に登録された和歌山県那智勝浦町にある那智の滝。
その背後には那智原生林が広がり、このあたり一帯を『きらずの森』と呼び、いっさいの森林伐採を禁じた森があるのです。基本的にふだん、人が立ち入るのもダメ。
こういった人が入ってはならないエリアは、じつは探せばいくらでも見つかるのです。
安芸の宮島にある弥山もそうだし、奈良県桜井市の『神宿る山』として名高い三輪山など、昔は女人禁制でした。今年、めでたく『宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産の一つ』として、これも世界遺産として登録を果たした玄界灘の孤島、沖ノ島も年に一度だけをのぞき、人が踏み入れてはならない島。こちらも女人禁制。離島マニアの僕は、かなり以前から注目しておりました。沖ノ島に関する書籍も所有しております。
沖縄の離島にはいたるところに御嶽と呼ばれる聖域があり、このエリアは反対に男子禁制とされています。
こういったエリアにはさすがにビューできないですが、マップを俯瞰から見おろすだけで、神秘の一端を垣間見られるような気がします。
たとえこの俯瞰からのアングルからでも、僕はこう考えるのです。
もしもこの立ち入り禁止エリアに、秘密の施設があったなら……。樹林が邪魔して全貌が見えないが(あるいは意図的にグーグル社がボカシを入れている)、いけない軍事基地がこっそり建っていたらと……。
いかがです? これだけで、なにか小説のアイデアが浮かびそうではありませんか。
もちろん節度は慎まなければなりません。本来はそんな秘め事を暴露してしまうのはいけないことです。秘め事があれば、の話ですが。
現代はこのように人の好奇心・暴露趣味を満たしてしまう技術のおかげで、なにもかも白日の下にさらすことができるようになりました。節度をわきまえるか否かは、使う人の裁量にゆだねられています。あえて踏み込まない理性も必要です(おなじ理由で、ドローンで立ち入り禁止エリアの上空を飛行させ、空撮するのもいかがなものかと思います。法整備をすべきではないか)。
とはいえ、グーグルマップとストリートビューは偉大にはちがいありません。
小説のネタや風景描写のみならず、初見の場所に車で行かねばならないとき、前もって予行演習しておくと、こんな心強いものはありません。僕はもうグーグル社に足を向けて眠れなくなっております。
ともあれ、こんな形で小説の手助けになる便利なツールです。使わない手はないと思います。そんな僕はけっしてグーグルのまわし者ではありませんよ(笑)。