7月 はじめての…
更新めっっっっちゃくちゃ久しぶりです。軽く一人称を忘れていました。
長々と降り続いた雨もやみ、外を賑わす音が雨音から蝉の声のオーケストラに変わる頃。
日曜日。
待ち合わせに指定した駅中インフォメーションの前には、神々しい光を纏った(ように見えた)友人が居た。
「あいつ、いつにも増してキラキラしてないか…」
と、つい独り言を零してしまうくらいの異様な光景に思えた。これは私服補正だろうか。
件の人は、いつもの学校指定のYシャツにスラックスではなく、今日は白いVネックのサマーニットに黒のチノパンという井出達だった、。きっとこれがデートの待ち合わせで、そして相手の七織が女の子か若しくは男性も頂ける性癖だったらテンションフルスロットルのおおはしゃぎ案件だっただろう。
残念ながら七織は男だし、恋愛対象は女の子なので、ドキッな展開はないのだが。
どちらというと、今からあの横に並ぶのかと思うと一般庶民な地味男子は胃が痛い。
そして、七織はふと考えた。何か既視感がある…。
周りにこんな規格外のイケメンはいないので、この雰囲気だろうか。
うーーーーん…
あ。
「デパートの入口のところに繋がれてる犬…」
そう思い至ると、なんだろう。一気に先ほどの近寄りがたいオーラから早く迎えに行ってやらねばという庇護精神が勝る。
うん。尻尾が見えてきた。地面にだるーんってしてる尻尾が。
よし。と気合を入れて声を掛けようとしたとき、
「七織さん!」
七織が声を掛けるよりも先にデパート入口のハチ公が気付いて駆け寄ってきた。満面の笑み。
(俺には見える。千切れんばかりに振り回される尻尾が…)
「おはよう。楽しみ過ぎて始発で来てしまった」
「早いな??!今11時ですけど??!ごめんね?!」
「いや。謝らなくて良い。七織さんは指定時間の5分前に来ている。理想的な時間だ」
「だったら、今度から鳳も理想的な時間に来てください」
そんなお馴染みの掛け合いをして合流した。
今日は七織と鳳、友達になってから初めての休日の外出だった。
鳳いわく初デートらしいが、そこはきっちりと否定しておいた。
「ここが噂のファミリーレストラン…!」
「予想通りのリアクションどうもありがとう」
始発から駅中で待ちぼうけをしていた鳳の空腹状態を鑑みて近くのファミレスに来たが、入店から鳳のテンションはマックスだった。
このテンションで金持ちの浮世離れボケをされては敵わないと、七織は先に牽制するつもりで、ファミレスの知識確認をしたのだが、
「安心してくれ。事前に家のメイドに聞き、調査済だ。テーブルにカトラリーは並べないし、ドリンクバーなるものの知識も習得済みだ。実践は初めてだが」
「メイド…」
まさか現代日本で同級生の男子高校生の口からその単語を常用のものとして聞く事になろうとは…
しかし、メイドには圧倒的感謝である。
「ふむ…この品書きはなんて親切なんだ…。料理の名前とあわせて写真が載っている…。このアイディアは素晴らしいな…。なんと、いきなりメインの料理から選べるのか…」
ぶつぶつとメニューを見ながら頻りに関心する上流階級を見て、そうか、そんな事に驚くのか…と改めてお互いの生きている世界の違いを思い知らされる。
七織にとっては、メニューなんて写真付きが当たり前で、逆に呪文のような文字が並ぶ高級店のメニューの方が異様なのだが。
「…?どうした七織さん?」
視線に気づいた鳳がメニューから顔をあげて問い掛けてきた。
「いやぁ、なんだ。こうやって、生まれ育った環境が180度違う二人が、同じ教室で机並べて、しかも休日に出掛けてさ。なんか、今がとても奇跡的な事な気がしてさ」
普通に生きていたらきっと、絶対交わらない道を歩んでいた二人。
入学式のたった一言が、その道を、変えた。
人の出会いは一期一会なんて言うけれど、まさにこれはそういう事なんじゃないかと思ってしまった。
「奇跡か…。私は奇跡とは思わないな」
じっと瞳を、その奥を見据えて鳳は言う。
「奇跡とは、常識では考えられないような不思議な出来事を指す。私は、今この瞬間は、不思議な事ではないと思う。七織さんが私に声をかけてくれて、私の気持ちを受け止めてくれて、二人だけの時間を作ってくれた。これは常識で考えられない事ではない。思い合う二人なら当然の帰結だ」
穏やかな声が七織に響く。そうか、今をあり得ない事にしては鳳に悪いな。と思い至る。
そこは、そう。
だが、
「おい、いつ思いを受け止めた。いつ思い合った。鳳くんと俺はお友達です!!それ以上も以下もない!!」
良い話に紛れ込ませて言質を取られそうになった。危ない危ない。この鳳という男、天然に見えて計算高い。侮らないようにしようと固く誓った。
ファミレスで完璧なまでのテーブルマナーを見せつけられた後。
特段行きたいところはないとの事だったので、適当に大型ショッピングモールへと赴いた。
『休日は鷹狩り』というスーパーパワーワードを残した友人にとっては、行く場所全てが目新しいようで、頬を興奮で上気させながら忙しなく辺りを見回していた。
「あ、ちょっとそこ寄っていい?」
何の気なしに七織はショッピングモール内にある、とあるテナントを差し示した。
そういえば今日はコミックスの発売日だった。折角なので買って帰ろう。
七織がいつもつるんでいるのはヲタク友達なので、その青い袋のアニメショップに立ち寄ることは、ごく自然の流れだったのだ。
「構わない。……私も少し店内を見てみたい」
「おっけー」
そう気安く言って、店内で別れた。
七織は勝手知ったる足取りでコミックス新刊棚へ行き、お目当ての新刊を片手にレジへ。もちろん買い逃しがないかチェックしながら。
横目で棚と棚の間を見ると、鳳も書籍の方へ向かっていた。
こういうアニメやゲームの世界は人を選ぶ。鳳はこれまで話していて、どうやらこういう趣味に偏見を抱かないタイプだと薄々感じていたのだが…あの様子だと結構しっくり来ているのかも知れない。
そのうちヲタ話し出来るようになったりして…そうなれば、楽しいな。
ふと、教室の机で向かい合ってスマホアプリで協力プレイする姿が思い浮かんで、人知れず笑みが零れた。
七織は気付かなかった。
書籍棚のどのジャンルで鳳が立ち止まったのか。
「お待たせ、七織さん。店の方にお勧めを聞いていたら遅くなってしまった」
会計が終わって少し店内を見ていたが、何やら店員の人と話し込んでいる様子の鳳を発見して、邪魔するのもな…と思い、店の外で待っていた七織の前に、お馴染みの青い袋を提げた鳳がやってきた。
結構な重量を感じさせる。
「鳳もなんか買ったんだ?」
「ああ。書籍を購入した。ここは素晴らしいな…」
物凄く満足げな鳳。そこまで言われると何を買ったのか気になる。
「教本が増えた」
「…教本」
教本と言われて思い出すのは、あの、ひと昔前の少女漫画。鳳にラブレター大作戦を教授した、少女漫画。
「私の知らない世界だった。店の方に聞いて、まずは初心者向けのもの、特にシチュエーションが似ている高校生同士のものを選んできた。これで一層、知識を深めることができる」
…なんだろう。そこはかとない不安を感じる。
「そうか…私は何も知らなかったのだな。上辺ばかり見て百を知ったつもりでいた。七織さん、安心してくれ。私はこの教本を参考にどちらに回っても七織さんの負担にならないようにする」
…なんだろう。とても、とても、不安を感じる。
「あの、鳳くん?もしよかったらその教本を見せて頂けませんか」
ある可能性に慄き、無意識に七織の声は強張っていた。
そんな七織の緊張と不安なんぞ露知らず。鳳は、軽い調子で、うむ。と頷き、ゴソゴソと袋の中の本をドヤ顔で取り出した。
その手にあるのは、一般的なコミックスよりサイズの大きい本。
表紙には、仲良く、抱き合う、高校生の、二人。
二人とも、男。
もれなく、制服が、はだけている。
「びーーーーえる漫画じゃねええええかああああ!!!!!」
(一般人。ましてや小さいお子様のいる場所での、そういう発言はやめましょう!!)
七織はアニメショップに鳳を放し飼いにしたことを大いに後悔した。
オオトリ ハ ボーイズラブ ヲ オボエタ !!!
しかし、七織はまだ知らない。
このアニメショップで鳳BL漫画デビューは、まだ事の発端に過ぎないことを。
「そういえば、電車で来たんだ…」
「そうだが?」
「俺はてっきりリムジンで来るのかと」
「七織さんが望むなら次からはそうしよう」
「いえ!!結構です!!公共交通機関サイコ――!!」
ちなみに鳳は電車通学です。切符は買えないけどオートチャージ機能付きのICカードがあれば大丈夫!
定期は執事が手続してます。