6月 梅雨入りと高校生
【6月 梅雨入りと高校生】
5月から最高気温30度を越す日が続き、6月。
容赦のない晴天ばかりで、今年も空梅雨かと思っていた矢先に突然の雨。
見れば週間天気予報には傘マークが整列していた。
梅雨入りし、少しは気温も落ち着くかと思っていたが、現実は残酷で、気温は据え置きで湿度上昇という生き地獄が形成されている。
黙っていてもじっとり汗をかく不快感。
6月はどうも憂鬱でならない。
七織の通う高校は有り難い事に全教室冷房完備となっており、エコを謳って冷房の使用は正午からに限ると厳格管理されていた佐藤家よりも快適な環境が整えられていた。
なので、七織は夏場の登校が早い。
家にいるより涼しいからだ。
その日も朝早く登校してくると、下駄箱で鳳と鉢合わせた。
鳳も登校が早い。家が遠いらしいが、一体何時に起きているのか疑問だ。
「…!おはよう七織さん。早いな」
鳳は少し驚いていたがすぐにいつもの涼しい顔に戻った。
雨で蒸しているにも関わらず、汗一つかいていない。
湿気で髪が通常より3割り増しでうねる七織と違い、鳳の亜麻色の髪はさらさらストレートだ。
(天然のイケメンはそもそもの生態が違うのか…)
神様の不平等さを呪った。
教室に入るとすぐに空調を入れる。
涼しい風が送風口から送り出されるのを確認すると、七織は自席に着いた。
ふと右隣の席を見ると鳳はすでに着席し、手元に視線を向けていた。
「…………」
「………………」
(………何、やってるんだ……)
ただひたすら一点を見つめて動かない友人。もしかして体調でも悪いんじゃないかと思い声を掛けると、
「いや。すこぶる好調だ」
と、一言。
(そういえば、コイツ毎朝こんな早くに登校して何やってるんだ?)
気になった。
予習でもしてるのだろうか?しかし、今の鳳からは勉強道具を出す気配はない。
ただ、静かに、一点を見つめているだけ。
考えても答えは出そうにないし、この無言も居心地が悪いので、七織は聞いてみることにした。「毎朝なにやってるんだ?」と、ついでに冗談で「朝早く来て、俺の席座ったりジャージに顔埋めたりしてないよなー」なんて言ったら、その手があったか!というリアクションをされたので、本気で止めた。
「……イメージトレーニングをしている」
鳳はどこか思い詰めた表情で静かにそう言った。
「イメージトレーニング…?」
「イメージトレーニング。その日一日をどう過ごすかのイメージトレーニングだ」
はぁ…と気の抜けた返事を返す七織。一方、鳳はなかなかに深刻そうだ。
「朝、七織さんと何を喋ろうとか、休み時間に七織さんと何を喋ろうとか、昼食で七織さんと何を喋ろうとか、放課後…」
「あ、もういい」
いちいち重い。
「あと…」
と鳳が続けるので、まだあるのかと飽きれ気味で見遣れば、
「あと…七織さん以外のクラスの方と…上手く喋れるだろうか…とか……今日は、部活動に出て、活動以外で部活の方と交流出来るだろうか……とか」
いつも揺るがない鳳が、揺れていた。自信なさげに呟かれた言葉は最後、消え入りそうな程に弱々しかった。
忘れていた。
鳳は独特な常識外れを拗らせている。加えて超がつく不器用。しかし、とても寂しがりだ。
クラスで最初に声を掛けた七織に一目惚れする程度には。
そして、そんな寂しがり屋は今、必死になってクラスに溶け込もうと努力していた。毎朝毎朝、イメトレして。
(イメトレした結果が…あれか…)
普段の鳳を思い出し、だいぶ空回っていることを確信した。
頭で考えすぎて動けていない。孤高の貴族の通り名は伊達じゃない。
七織も鳳の本性を知るまでは、いつも無表情の取っ付きにくい何考えてるかわからない奴。と思っていた。
「そんなにガチガチに考えなくて良いだろ。俺と普通に喋るみたいにしろって」
「みなに好きだと言えば良いのか…?」
「お前の振り幅どうにかしろ。0か100しかないのか。じゃあ、諒は?諒とは結構普通に接してるだろ?」
「斉賀さんは、何か違う。斉賀さんは私が黙っていてもお構いなしに来る。何というか…目があっただけで、突然絡まれ勝手に話が進んで、去っていく」
「確かにあいつ、ゲームでフィールドにいる対戦申し込んでくるNPC的なところあるよな」
「フィールド?えぬ…?ぴー??…」
「あ、悪い。鳳には通じないネタだったな」
つい、オタク同士で話すノリで言ってしまった七織のミスなのだが、
ダンっと机に拳を打ち付け戦慄く鳳。全身から自責のオーラがダダ漏れている。
「私が!!!モノを知らないから!!!ラリーが続かなかった!!!!」
「いや!鳳は悪くない!!多分さっきのは一部のゲーマーにしか通じない!!だから落ち着け!」
「一部の……それは何か手に職を付けた玄人か!どうすればなれる?!」
これは、手が付けられない。このままでは、進路希望調査表に「進路希望:ゲーマー」と書かれそうで怖いので無理矢理話題を変えることにした。
「そうだ!昨日何のテレビ観た?」
「昨日は活火山のメカニズムと生物の誕生の因果関係に重点を置いた論文について考察しディスカッションする番組を観た」
「どこの局だ!!!!」
今度は七織が机に拳を打ち付ける番だった。
「じゃあ…あー何か雑誌!!雑誌読んでる?!」
「日経ビジ…」
「高校生には荷が重すぎる!!!」
ふと閃いた
「鳳、ラブレター出してた時、少女マンガ参考にしてたじゃん!!他に何かマンガ読んでねぇの?」
「マンガは、実はその少女マンガくらいしか…しかも、途中の話のみ拝読しただけだ。あ、少しだけある」
そう言って告げてきたタイトルは有名漫画家の作品で、戦争を扱ったり、人類の業を描いたりする道徳の教科書に載ったり色んな児童書でリメイクされている作品で
「素晴らしい作品だが、小学校の図書室か!!!素晴らしい作品だが!!!」
なら、これならどうだ!
「前の日曜何してた!!」
「父の取引先の付き合いで、鷹狩りへ…」
「上流階級!!!!」
ツッコミ過ぎて肩で息をしながら、七織は「天然のうえに、浮世離れした生活をしている奴、まじで手に負えねぇ」と絶望していた。ここまで共通の話題がないとは…
見ると、鳳が明らかにしょんぼりしていた。
あ、強くツッコミすぎた…
「私は、私が読んだ少女マンガのような生活に憧れて、家の反対を押し切り普通の高校に入学したというのに…これでは、何の為にここにいるのか…情けないな…」
気付くと鳳は外の雨模様に負けないくらいの憂鬱さを孕んでいた。
そんな事があったのか…と七織は、はじめて聞かされた鳳の入学の背景に少し驚いた。
確かに鳳の学力があれば、もっと上の学校に行けるはずだから、この普通の特段進学校でもない公立高校に通っているのは疑問だったのだ。まさか、そんな事を思ってこの学校に入学したとは…。
何の苦労も知らずに生きて来たと思われた完全無欠のイケメンは、実はそれなりに思い悩んで苦労して傷ついている。
別に特別なんかじゃない。七織と同じ、まだ、15の高校生だ。
「じゃあ、さ。今度、どっか行こうか。カラオケとか、ボウリングとか、映画とか?普通の、遊び」
だから、七織は普通の高校生が普通の友人にするように話し掛けた。遊びに行こ
う。共通の話題がないなら、作れば良い。
そう言うと、鳳は頬を紅潮させ瞳をキラキラさせながらブンブンと首を縦に振って微笑んだ。長く続いた雨が上がり、雲間から覗いた青空に虹が架かったような笑顔に、
(その表情、女の子に向けられたかったな…)
と七織はしみじみ思った。
「七織さん、いつ行こうか!!やはり、期末試験が終わってからか?」
次は七織に梅雨入り宣言がされる番だった。
佐藤七織。
成績は中の中。
期末試験の事なんて、さっぱり忘れていた、しとしと雨の降る6月。
窓の外を眺め、俺も世界も泣いていると感傷に浸った。
「来月はついに七織さんとデートか!!」
「デートじゃねぇよ!諒くーん助けてー」
「なになにオレに当て馬して欲しい系?」
「そのまま轢き殺してやろうか…」
「来月、七織さんと一線越えるのだ。心構えを教えて欲しい」
「え、いやん。じゃあまずは、通販で、このローションポチっとくべ」
「ふむ。ポチっとくべ」
「オマエラ ゼッタイ ユルサナイ」
自分で書いておいてですが、高校生が休日に鷹狩りってなかなかのパワーワードだと思いました。