7月 願い事は
本編はまだ5月ですが、今回は特別に時間が飛びます。
【7月 願い事は】
7月 願い事は
「七織さんは何が欲しい」
「彼女」
「すまない。少し時間をくれないか。性転換手術と戸籍変更は一日では出来ない」
「俺はありのままの鳳で良いと思うぞ」
「!!それは、ありのままの私を愛してくれる、ということか!!」
「ありのままの姿が女性の彼女が欲しいということです」
最近お馴染みとなりつつある、愛のドッジボールを繰り広げつつ、七織は目の前の課題に頭を悩ませていた。
手元には上に紐が括られている色鮮やかな縦長の用紙。所謂、短冊。
本日7月7日は七夕だ。
「七織さんの願いはなんだ??」
「それが思い付かないから悩んでるんでしょーがー」
お手上げーと万歳してみる。良い案降りてこーい。
「そもそも高校生にもなって短冊に願いを書くって、誰得だよ」
そう悪態をつくが目の前の課題は容赦なく七織の机に鎮座している。
七織が通う高校のある地域では、保育園から始まり幼稚園、小中高の学校で地元の祭りに飾る笹飾りの提出が義務付けられているのだ。
小学生までなら楽しく華やかな夢の溢れた短冊が笹を埋め尽くすこと請け合いだが、高校生にもなると『大学合格』『恋人欲しい』『バイトで稼ぎたい』などなど…なんとも夢のない。
飾っただけで負のオーラを垂れ流しそうなものなのだが、祭りの準備会としては重要なのは質より量らしい。
前の席のチャラ男はぶれることなく『カワイイ女の子とひと夏の☆☆☆希望♥』と書いて早々に下校した。
諒、知ってるか。その短冊、一度教師のチェックが入るんだぞ。お前はひと夏の生活指導行きだ。
短冊を提出した生徒から各自下校して良いと言われた教室には既に数人の生徒と担任がいるだけだ。
そろそろ提出しないと、担任の圧が凄い。
「七織さんの欲しいものはなんだ!食べたいものでも良いぞっ!したいことでも良いぞっ!」
ついでに鳳の圧も凄い。
(食べたいもの…したいことか…)
その言葉を聞いて閃いたものがある。
昨日テレビで観た、あれ。
「そうだ!これなら良いだろ!」
思い付いたのは、当たり障りなく、かつ、定型文で手抜き感もない願い事だった。
サラサラとペンを走らせると鳳が手元を覗き込んできた。
短冊に書かれた願い事。
『帝都ホテルのケーキバイキングでたらふく食いたい。出来れば全制覇』
思案顔の鳳。
次第に赤面していく七織。
「わ、悪いかよ!!!甘党なんだよ!!ああいうスイーツ系のバイキングは男一人じゃ入れないとこ多いんだよ!!それにここのバイキングは予約瞬殺で!!!」
慌てふためく七織とは正反対の冷静さで鳳は、
「ふむ。それなら可能だ」
と言うと、すっくと立ち上がり廊下に出てしまった。少しして鳳の声が聞こえて来た。電話をしているようだ。数分話しすぐに席に戻るとおもむろに帰り支度を始めた。
「え?鳳もう書き終わってたの?」
「うむ。では行こう」
「は??行くって??」
「帝都ホテルのケーキバイキング。今から予約した」
サラッとしれっと言う鳳。
「は?!予約って…予約瞬殺のバイキングだって!今からとか無理だろ?!」
と抗議したものの、「オーナーと鳳家は旧くから親交がある。レストランは満席だが、ホテルの客室で提供して貰えるよう手配した」とのお答えを賜った。
これが浮世離れした金持ちの力か…おそろしい。
いやいや!
「待って!待って待って!一般庶民の経済力では、そんなVIP待遇に見合う金銭はご用意出来ません!!」
席を立ち帰ろうとする鳳を押し留めようとしても、涼しい顔で
「七織さんは身ひとつで構わない」
と返されてしまい思いとどまる気配はない。
「は??なんで?!そこまでされる覚えないんだけど?!」
すると、鳳は
「七織さんの願いだろう?」
そう言って、自分の短冊を七織に向けた、そこに書いてあった願い事は、
『七織さんの新しい一年が、幸多いものになりますように』
「短冊に書くようなことじゃねぇ」
という感想と、
「……なんで、俺の誕生日知ってんの……」
という、呟き。
そこに書いてあったのは、誕生日に送られる定型文。
誰にも言っていないはずの七織の誕生日を祝う言葉。
「難しい事ではないだろう。名前のままではないか」
「お気付きでしたか…」
『七織』。漢数字の『七』に、織姫の『織』。名前の由来は生まれた日。七夕生まれを意味する名前。
「プレゼントだ。受け取って欲しい。誕生日おめでとう、七織さん」
諦めたように笑う祝われる側の七織とは対照的に、何故か祝う側の鳳が幸せそうに笑うのだった。
七織、ハッピーバースデー!!
というわけで、今日投稿したい内容でしたので、時間を飛んで貰いました。
なお、今回投稿直前で小説データ飛ばして泣くかと思いました。電車の中で急いで書き直したので、粗があったらごめんなさい。ろくに見直してない。