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5月 まずは友だちから

【5月 まずは友だちから】


1


公立高校のゴールデンウィークは甘くない。

連休中日の平日には普通に授業がある。

私立校や大学は、この中途半端な平日も休校にしてしまう 裏技が使えるらしい。なんと羨ましいことか。


しかし、七織は今年に限って、この5月の連休前に出来た中途半端な平日を有り難く思った。

心にモヤモヤを残したままでは、気持ちが悪い。連休はやはり清々しい気分で迎えたいものだ。



昨夜までは、不安だったし、いっそ気付かなかったことにしようかとも思ったし、散々思い悩んで呻いていたのだが。

人はいざ、その瞬間を迎えると、自然と腹は括れるものなのだなぁと思った。


七織は一人、早朝の昇降口の下駄箱に凭れて、待ち人を待った。



それから数分後、時刻は朝7時。

空気が動いたのを感じた。


七織がゆっくりと視線を昇降口の扉に向けると、そこには、少し驚いたように目を丸くした、鳳桂一が佇んでいた。

その立ち姿は、朝独特の清廉な空気を纏い、陽光に照らされ、どこか神々しく思えた。



「おはよう、鳳くん」

「おはよう」


いつものように挨拶を交わす。

いつもならそれだけで、あとは「じゃあ先行く」という具合に別れるのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。


七織はひとつ深呼吸をして、鳳に近付く。

そして

「今日もくれるんだろ?」


そう言って右手をすっと差し出した。


「ラブレター」


差し出した右手が緊張で震えていたが、そこはご愛嬌。格好付かないなんて野次は勘弁して貰おう。




ずっと不明だったラブレターの送り主。

仮名白鳥静の正体は鳳桂一だった。

そのことに気付いたのは、4月最後の金曜日。

傘を忘れた七織の下駄箱に折り畳み傘が投下された時だった。

その日の朝に投げ掛けられた「傘、持ってる?」という質問。それに七織は否と答えた。

七織が傘を持っていない事を知っているのは、その時にそんなやり取りをした鳳だけだ。


しかし、これだけで鳳がラブレターの送り主だと決め付けるのはどうか。そう思ったが、鳳が送り主だと考えると、色々と納得できてしまうのだ。


バスケのシュートが素敵と言われた。鳳は同じコートにいた。


休日は家族でバーベキューに行くことを知っていた。ゴールデンウィークの予定を七織の前の席の斉賀諒と喋っていた時、鳳は隣の席にいた。


………帰宅途中、ショップで服を選んでいた所を見られていたことは…あまり深く考えないようにしよう。けれどこれからは、帰り道、後ろを気にしておくことにする。


自分を観察している「女子」を探していたが、それらしい人物はいなかった。

そりゃそうだ。七織を観察していたのは、「男子」だったのだから。


そういえば、先週一週間、毎朝鳳と下駄箱で一緒になったが、あれは偶然ではなかったようだ。

恐らく、七織が来るのを確認して、あたかも今来た風を装って現れていたのだろう。



以上の、これまでの事を鑑みるに、送り主は鳳桂一と結論付けてみた。

そして今日、その答え合わせをするべく、こうして待ち伏せてみたのだ。

朝早く、誰もいないうちに、七織の下駄箱にラブレターを入れに来る瞬間を。




さて、

カッコよくキメたつもりだが…

(ここで、シラ切られたら……どうしよう……)

七織は内心焦っていた。

(認めよう。先走った!!!!!)

鳳が下駄箱にラブレターを入れる瞬間まで物陰に隠れておいて、決定的瞬間を押さえるべきだった。

つい、気持ちが逸ってフライングした。


なんせ、鳳は、まだ、端から見たら、ただ、登校してきただけだ。


二人の間に流れる沈黙がつらい。


(頼む!!何でも良いから何か言って!!!)


もう、この右手下げちゃおっかな…と心折れかけたその時、


「はい」


鳳は何の迷いも曇りもなく、七織の右手の上にお馴染みの白い封筒のラブレターを置いて来たのだった。


「あ、どうも」


……………

……………………


「え、いや。え??随分あっさり認めたな??」

拍子抜けする展開に七織は心底脱力してしまった。もっと、こう…ドラマがあるかと思った。2時間ドラマで犯人が追い詰められて自供するターンのような、何かが。

「認めたもなにも、別に隠すことはないし、否定する意味もないと思うのだが?」

「んんんん???じゃあいちいち下駄箱に入れる意味なくね??最初から直で渡せばよくね?」

「ラブレターとは、早朝に下駄箱に入れるルールだろう?」

「いや、そもそもラブレター送ってどうしたいんだよ」

「…?思いを伝えるにはラブレターを用いるのだろう?」



おかしいぞ、イマイチ会話がしっくりこない。

言ってることは、まぁわかるが、何だこの違和感。

(コイツ、もしや……天然か?!)

天然相手にどこまで尋問を続けられるか、幸先は限りなく不安だが、ここまで来た以上、退くわけにはいかない。七織は気持ちを奮い立たせるべく、大きく深呼吸してから、

「あの、さ…」

まずは大前提の確認に入った。

「鳳くんは、俺のこと好きなの…??」

「好きだ」


食い気味で肯定されて、膝から崩れ落ちそうになった。

佐藤七織15歳、この春、はじめて告られました!!相手は男だけど!!!


「再三告げさせて貰ったが、私は佐藤さんが好きだ。嘘偽りはない。好きだ」

「あ、もう良いんで…繰り返さないでクダサイ…」

胸焼けがする。

「うん、じゃあ…ごめんなさい」

「……どうしても…駄目か」

「はい。申し訳ないけど、俺、恋愛対象は女の子なんで。男は無理」

「そうか、なら私のことは女性として扱ってくれて構わない」

……駄目だこいつ、話しが通じない。

何と言えば通じるのか考えあぐねていると、

「思うだけで、良いから…」

そう、呟いた。聞き返そうと口を開きかけた時、鳳がガバッと距離を詰めてきた。おおおおい貞操の危機か?!

「駄目だろうか?!私は佐藤さんからの気持ちはいらないから!!上辺だけで良いから!!私と、私と…過ごしてはくれないか!!」

「過ごすって…だから…!」

「もう、おはようと言ってくれないのか!!!」

「………は?」

「もう、声を掛けてはいけないのか……??そんなの…そんなの……」

「…………ん?どうしてそうなる?別に2度と話し掛けるなとは言ってねぇよ?」

「……いいのか?」

「逆にどうして駄目なんだ?」

「親密な関係にならなければ、今以上の交際は認められないのではないか?」

「挨拶したり、喋ったりするだけなのに?誰とでもすればいいだろ?許可いらないし」



そこで、お互い無言になった。

鳳も何かがおかしいと気付いたらしい。

そう、我々には決定的な価値観の違いが生じている。


「私は佐藤さんが好きだ。だが、佐藤さんは、私の気持ちには答えられない。だから私は、もう佐藤さんに近づいてはいけない」

「いやいやいや!!それだ!!そこがおかしい!フラれたら強制帰国させられるテレビ番組じゃあるまいし!恋人として付き合えないけど、普通に友だちとして付き合えばいいだろ?!」

「……友だち……?」

鳳はうわ言のようにそう呟き、言葉を吟味するような、ゆっくりとした間を開けた。

しばらく黙って俯いていたが、次第に言葉が身体中に染み渡ったかのように、表情に身体全体に喜びの色が広がって行った。


「良いのか?私なんかが友だちで良いのか??友だち!!なってくれるのか!!」

満開の笑顔。

鳳の中では「友人>恋人」なのでは?と思うくらいの喜びように七織も釣られて笑ってしまった。

(そういえば、こいつの笑った顔、はじめて見たな。すっげぇイケメン。でも)


そこにいたのは、完全無欠の孤高の貴族なんかじゃなくて、

普通の、高校生。


「佐藤さん、不束者ですが、何卒宜しくお願い致します」

「嫁入りかよ。てゆーか、佐藤じゃなくて七織でいいよ。同じ名字多過ぎて紛らわしいんだわ」

「……!!!い、いきなり名前呼びか…!!!で、では…私のことは…ハニーと…あ、ダーリンでも」

「宜しく、鳳」

「素っ気ない態度も素敵だ、さ……、七織さん!」




2

「鳳は、どうして俺が好きなの?」

今まで告白されたことのない七織。惚れられた相手は同性とはいえ、そこは少し気になった。なので、まだ誰もいない早朝の教室で隣の席にいる鳳に聞いてみた。

「最初に告げた通り、一目見て恋に落ちた」

鳳は目を閉じ、きっかけとなった「その時」を思い返した。

「入学式の日に、私は新しい環境に身一つで挑むことへの不安と緊張で固まっていた。ろくに周りのみなに喋りかける事も出来ず一人でいるところに、佐藤さんが「おはよう」と…「これから宜しく」と声を掛けてくれたんだ。その時の声に気持ちが高揚した…!私に向けられた笑顔に、釘付けになった…!!胸が高鳴った…!!!」

熱っぽく語る鳳。

一方、七織は、おや?と思った。

「それで、一目惚れ??それ、単に嬉しかっただけじゃね?」

ぼっちで不安だった所に、声を掛けられてほっとした、嬉しい!!じゃないのか?

(いや、きっかけって、そんなもんなのか?)

何せ七織は「年齢=彼女いない歴」の少年。圧倒的に経験値が不足している。自覚はある。


そして、もう一つ確認しておきたいことに思い至った。

これは、最高に知りたくもないが、今後の円滑な友好関係の運営の為には、把握しておかなければならない事柄だろう。頑張れ!頑張れ!


「…………鳳は、……俺と、……どうしたかったの?俺が鳳の気持ちに答えてたら、一緒にいて良いっ言ったら、俺と…何がしたかった?」

精神をゴリゴリ削られる質問だ。しんどい。

一方、鳳は七織とは正反対のテンションで、嬉々として語った。

「毎朝おはようと言いたい!顔を合わせ話しがしたい!七織さんが斉賀さんとしているような他愛もない話しがしたい!!あとは……ゆ、ゆくゆくは…放課後途中まで一緒に帰ったり……休日出掛けたり…。昼食を、ともに食べたり、したい。許されるなら、誕生日を祝いたい…」

最後の方は、少し恥じらいながら語った。

七織は確信した。鳳の恋愛観は、ズレている。

これはもしかすると、気持ちのカテゴライズを間違っているだけで、鳳が七織に抱いている感情はただの「友人として好き」なのではないだろうか。

それなら、七織としては貞操の心配をする必要がなくなるし、とても安全な友好関係の成立である。

勇気を出して、確認しよう…

「……鳳、ぶっちゃけて素直に言ってくれ。………俺と手を繋いだり、キスしたり、果ては肉体関係を持ちたいか」

「許可されるなら。是非。あ、親密になる為に必要な行為なのだったらすぐしよう」



おとうさん、おかあさん。俺はもしかしたら選択を誤ったかも知れません。


(コイツ、全然!!!全く!!!これっぽっちも!!!安全じゃねぇ!!!ガチじゃん!!ばっちり俺のこと性的対象じゃん!!!)


しかし、今更、やっぱ友だちやめる!!なんて言えるわけがない。

……言ったら恐らく鳳は、酷く傷付くだろう。

鳳の笑顔を思い出した。

あんなに嬉しそうだったのに、切り捨てるのは…七織の良心が痛んだ。

七織は鳳の事が、最初こそ苦手だったが、今は別に苦手意識はない。ただのクラスメイト(ハイスペックイケメン)という認識だし、さっきから話してると、どうも世間知らずの天然キャラで面白いと思っていた。

さらに言うと、雛の刷り込みのように盲目的に七織を追い掛ける様も、なかなかに庇護欲をそそる。

今も何が嬉しいのか、ニコニコと顔を綻ばせ笑っている。

(…クールキャラどこいったよ…)

その無邪気な笑顔を見ていると、鳳は危険人物ではないと思えてきて、上手くどうとでもなるような気がして、

七織は再び、釣られて笑ってしまったのだった。



緑薫る深緑の5月。

七織は、七織のことが盲目的に好きな同性の友だちが出来た。


「なぁ、ところで、なんでラブレターだったの?」


とりあえずの一区切りですが、もう少し続きます。

最初の内は説明とか土台の準備でグダグダしてしまう悪い癖…。何でも説明しないと気が済まない族です。

実は今回、結構書き直してて、矛盾点や呼び方の誤りがボロボロと……難しいです。



ところで、全く触れてませんが、諒はこの頃ジンベエザメと泳いでます。

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