4月 はじまりの2
4月編後半です。
宜しくお願い致します。
2
慌ただしくクラスの扉を開き自分の席に滑り込むと
「はよー。どうした、朝から焦って」
と、前の席から声が掛かった。
斉賀諒、ピンクがかった茶髪にピアス。胸元には学校指定の紺のネクタイではなく原色の真っ赤なネクタイ。「規律正しい身だしなみ」はこのチャラ男の前では入学僅か2週間で崩壊した。
「はよ…まぁ色々と…」
自分の席に付き呼吸を整えると、やっと日常に戻ってきた感じがする。
日常、最高。
「ふーん…で、その手にある手紙は、どういう感じ??」
諒がにやにやと指摘してきて気付く、ラブレター様が右手の中で無惨な姿をしていた。
ああ!!!なんて無体を!!!
慌てて皺を伸ばしていると、諒が目を輝かせながら
「え?!まっじ?!ラブレター的な??!」
と言って来たので、慌てて口を塞いだ。辺りを見回すがHR前の教室は騒がしく誰もこちらの会話を気にしている素振りはない。セーフ。
「馬鹿!!うるせぇよ!!………もしクラスの子からだったら、気にしちゃうだろ…」
前半強目で、後半声を落として諒を睨むと「わりっ」と本当に悪いと思っているのか微妙なテンションで手を合わせてごめんのポーズ。これ、絶対反省してないな。
「えー誰よー。なんで七織なんー?俺のほうが良いっしょー」
「お前、相変わらず失礼だな。諒みたいなチャラ男より、手近な地味男だろ」
「自分で言うか!えーーつーかマジで羨ましいんですけどー…今時手紙とか、それ絶対アタリじゃーん。絶対大人し目、清楚系文系少女っしょー」
「あーいいなー。放課後に図書館の窓辺で静かに読書に耽る系女子」
「「最高」」
そんな馬鹿話しをしていたら朝のHRを開始するチャイムが鳴り、七織は日常に潜っていった。
いつの間にか右隣の席の住人も着席していたが、特に何のアクションもなく、朝の一件の記憶はすぐに薄れていくことになった。
3
おはよーと軽やかに挨拶が飛び交う朝の昇降口。
七織は一人、自身の下駄箱の前で項垂れていた。
(まただ……)
七織の視線の先には下駄箱。そして上履き。その上にある、手紙。
ラブレター投下事件から4日、週末金曜日の下駄箱にも、その手紙は、今日も変わらず、投下されていた。
火曜日、再びラブレターを見つけた時は、心踊った。そういえば、差出人が不明だったのだ。もしかしたら、「うっかり、名前を書き忘れました。私は白鳥静 (イメージ)です」という内容かもしれない!!そう思って逸る気持ちを押さえて便箋を取り出すと、
"昨日は手紙を受け取って頂き、有難う御座います。貴方が好きです。"
以上。
まさか受領のお礼が届くとは思わなかった。
勿論、差出人は書いていない。
(……静さん(イメージ)は、天然かな……)
水曜日。
再びのラブレター。
人間とは悲しい生き物である。感動は次第に薄れる。
七織は既に平常心を保っていた。
"昨日の体育の授業で貴方が入れたスリーポイントシュートが素敵でした。貴方が好きです。"
(静さん???!!!!)
平常心、消滅。
まさかの内容に再び動揺することになった。しかし、この動揺は最初の時とは系統が違う。
どちらかというと………
七織は頭を振り気持ちを落ち着かせる。
昨日の体育は体育館でバスケだった。1組2組合同での体育の授業。その授業風景を見れるということは、つまり静さんは1年1組か2組にいる。
七織の中の静さんのプロフィールが更新された。
木曜日。
やっぱりあった。
もう予想してた。
(さて、今日の内容は…)
七織は特に気負うことなく便箋を取り出した。軽い作業感が生まれている。
"昨日帰り道に寄った洋服屋で最初に手に取ったブルーのセーター、貴方に似合うと思います。貴方が好きです。"
白鳥静。属性、ストーカー。
七織は自分の中に芽生えた気持ちから、もう目を逸らさなかった。
(怖ぇぇぇぇぇ!!!!!!)
その日は周りを警戒して、とにかく怪しい女子はいないかよく観察してみたが、特に収穫はなく、寧ろ先生から集中しろとお叱りを受けるし、諒に笑われるしで失うものの方が多かった。
そして、今日、金曜日である。
もう目の前の手紙は七織の有り難みランクとしては「ちょっと興味本意で資料請求したら、その後頼んでもないのにひっきりなしに届くダイレクトメール」レベルにまで格下げされていた。
しかし、昨日の内容の破壊力である。
心して拝読しよう。
"休日は家族でバーベキューなんですね。虫や突然の天災にはお気を付けください。貴方が好きです。"
「…………」
そうだ、諒に相談しよう。
自分のスケジュールを把握されていたという最高の恐怖をお見舞いされ、七織は決断した。
(これ、もう俺一人じゃ手に負えねぇ…)
そこに、
「おはよう」
「あー…おはよ」
声を掛けられて振り返ると後ろには、鳳がいた。最初こそ驚いたが、今は何て事ない。
最近毎日朝の挨拶を交わしていたら、何だか最初より苦手意識は薄れたような気がする。
(今日も相変わらずのイケメンで…)
というセリフは心で思うだけにしておく。
(そういえば、毎朝会うな…??登校時間変えたのか??)
そうは思うものの、別に雑談するような気軽い仲ではないのであえて聞かなかった。他人とのボーダーラインがゼロの諒ならお構いなしにズケズケ聞きそうだが、生憎七織のキャラではない。
まぁいいか。と鳳の前を通り抜けようとした時、
「今日、午後から雨だって。傘、持ってる?」
突然の話題に、目を丸くして鳳の顔を凝視してしまった。
鳳はいつもと変わらぬ涼しい顔。
「あ…いや…」
「……そう」
「………」
「………」
沈黙
「………じゃ、先行く」
「はい」
(……………なんだ?????)
頭の中を疑問符で埋めつくしながら七織は今度こそ教室に向かったのだった。
午後、昼休みに自販機でジュースを買おうと外に出ると、雨が降っていた。
(…あいつは予言者か…)
朝の昇降口でのやり取りを思い出し、ついでにラブレターの事も思い出してしまった。
暗鬱とする気分を紛らわすべく、炭酸飲料を買い、そそくさと教室に戻った。
前の席は空席だった。
今後の対応について相談しようと頼りにしていた友人は「ごめーん☆今日からゴールデンウィーク先取りでセブ島行っちゃいまーす☆急に決まったからマジでビビった笑」というメッセージとチャラチャラしたスタンプを無料通話メールアプリに残し、飛び立った。
……あいつ、実はセレブだったのか……
ゴールデンウィークは近くの河原でバーバキューの佐藤家とは雲泥の差だ。土産物要求しておこう。
ともあれ、頼みの綱のコミュ力カンストチャラ魔神がいない今、七織はラブレターの送り主とその意図について悶々と一人で考え込む羽目になったのだった。
その日の帰り。
漫研でダラダラと時間を潰し、下校時刻になる。
同じ部活の連中と、今期どのアニメが熱いだの、ソシャゲのガチャがどうのとかを喋りながら昇降口を目指すと、ふと外は雨だと思い出した。
(傘、持って来てねぇんだよなぁ…。少し濡れるけど走れば良いか)
そう思って下駄箱を開けると、
「!」
一瞬呼吸が止まった。
手の力が抜けていく。
そこには履き慣れてきたローファーと、
「あれ?七織、置き傘してるん?」
話し掛けられるが、自分の周りに薄い膜が張ってしまったみたいに声が届いて来ない。変わりに自分の鼓動の音がこれでもかと主張してくる。
下駄箱には見慣れない、青い折り畳み傘がいた。
最近ではお馴染みとなった白い封筒、白い便箋に涼やかな文字で
"使ってください。貴方が好きです。"
と、ご丁寧に手紙まで沿えて。
あぁ、そうか……と思ったと同時に、何故?という感情が佐藤七織を埋め尽くしていった。
小雨降る。暗鬱な金曜日。
4月最後の日に特大の爆弾を投下し、5月に向かう。
5月編に行きます。こうやって月ごとに話は進んで行きます。行きます(予定)
5月でやっと前置きが終わります!あとはゆるゆると青春して貰いたいですね(予定)