表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

4月 はじまり

はじまりの話し。

初投稿です。宜しくお願い致します。

【4月 はじまりの一歩】


1

新しい世界に、新しい制服を着て、新しい出会に期待を抱いて一歩踏み出してから二週間。

今年は例年よりも遅咲きだった桜も散り、そろそろ「新緑の季節となりました、如何お過ごしですか?」と挨拶してもおかしくはない季節に差し掛かり、佐藤七織さとう ななおは「まぁ、高校生活なんて、こんなもんだよな」と現実の残酷さを噛み締めていた。


高校生活スタートしたって、いきなり彼女出来たり、いきなり眠っていた力目覚めたりしない。


公立中学から公立高校にフィールドを変えただけの学生生活がただ緩慢と過ぎていくだけだ。


新しい環境に踏み出せれば、これまでいた世界から飛び出し、新しい出会いがあったかもしれない。

しかし結局、七織は中学の頃と変わらない漫画研究会に入部し、委員会にも所属せず、これといって何もしなかったのだ。


(それで高校で彼女作るーとか、モテまくりーとか、欲しがり過ぎだろ)


自分で自分にツッコミを入れて虚無感を拭い去る。



気付けば、二週間で既に見飽きた感の出てきた昇降口に辿り着いていた。

無意識に丸まってしまった背中を伸ばし、今日も一日無難にやり過ごすべく、下駄箱を開ける。


いつもと同じ、学校生活のはじめの一歩。




とは、

いかなかった。



ローファーから上履きに履き替える、お馴染みの儀式を邪魔する存在。「1年1組 出席番号12 佐藤七織」と書かれた下駄の蓋を開けると、見慣れた上履きの上に見慣れない存在。


白い、四角い、紙。


手紙。


…………

………………


バンっと勢いよく蓋を閉めて再び開ける。

ある。手紙がある。見間違いじゃないしバグでもない。バグってなんだ。


名前を確認するも、ここは自分の下駄箱である。



さて、次の可能性は、

少し考えてから手紙を手に取り宛名を確認する。なお、手紙に触れる瞬間、爆発しないかと、ちょっと緊張した。手紙が爆発ってなんだ。


白い四角い封筒には、涼やかな文字で「佐藤七織様」と書いてあった。


(うん。俺だ。いや、俺は本当に佐藤七織か?いつから自分が佐藤七織だと思い込んでいた?………いや俺のことだって…)


このあたりで七織の動揺は最高レベルに到達していた。


お決まりだが、差出人は書いていない。



では、次の可能性の検証に移ろう。


浮かれるな。こういうのは、大抵、不幸の手紙的な無差別テロか男友達によるリアクション王座決定戦的な残虐行為だと相場は決まっている。

内容を検証し然るべき対応をしよう。


七織は浮上しそうになるオトコゴコロを必死に押し沈め、いっそ恭しい態度でその白い封筒をご開封した。

勿論、開けた瞬間、爆発しないかと警戒した。だから手紙が爆発ってなんだ。


中からは、封筒と同様、白い便箋が。


(さぁ!!かかってこい!!!!7日以内に100人に回さないと死ぬってやつか?!ウッソーwwwってやつか??!)


白い便箋には、封筒の宛名と同じく涼やかな文字で一言。




"一目で恋に落ちました。貴方が好きです。"





この時の気持ちを、後に七織青年は「隕石が落ちてきたかと思った。それくらいの衝撃だった。でもその隕石すら粉砕出来そうな何かが身体中にみなぎる感覚がした。あの瞬間、俺は世界最強の力を手に入れた」と語ったとか語らないとか。


ともかく、七織は心の中に御輿を出動させての一斉一代の特大カーニバルを開催する程度には舞い上がっていた。


(お母さん、お父さん…俺、ラブレター、貰ったよ…)


ラブレター

その甘美な響きに酔いしれる。

七織は身体に溜まった熱を溜息と共に吐き出し、天を仰いだ。


あぁ、世界が輝いて見える。

この小汚い鉄筋コンクリート4階建ての校舎も、今ならベルサイユ宮殿に見える。

ベルサイユ宮殿行ったことないけど。



そんな風に精神世界幸せの旅に出ていたからだろう、後ろにいる存在に気付かなかったのは。




「おはよう」


後ろから声が掛かり、七織は文字通り飛び上がった。

決して大声ではない。寧ろとても静かで落ち着いたテノールの声色だった。


自分がラブレターで最高潮の舞い上がりをしていた気恥ずかしさを誤魔化すべく、勢いよく振り返った先には、


「……おはよう。……鳳…くん?」

最後、疑問系になってしまった。

以外だったのだ。声を掛けてきたことが。


目の前にいるのは、同じクラスで七織の右隣の席の鳳桂一おおとり けいいちだった。

「絵に描いたような優等生 (ハイパーイケメン)」

これが、七織が彼に抱く印象だった。


実際問題、鳳桂一は優等生だった。

入学式では堂々たる新入生代表の言葉を披露して下さったし入学してから行った学力テストでは満点を取っていたらしいと風の噂で聞いていた。

男にしては線が細く、綺麗な外見をしていた鳳桂一。勿論、一瞬にして女子の心を掻っ拐って行った。

一見して近寄りがたい雰囲気をしているが、女子曰く、「高一なのに大人っぽい。クール。鬼畜系最高」なのだとか。



そんな孤高の貴族(女子談)鳳桂一。高校一年生にして既に176cmある長身の七織より、身長が低いらしい。少し低い位置から軽く見上げられた瞳は日本人には珍しい灰色だった。

そういえば、髪色も薄い。亜麻色に近い。校則が緩い学校だから茶髪金髪が普通にいるせいで気にならなかったが、瞳の色といい、もしかしたら異国の血が入っているのではないかと思った。

そう考えると、人形のような白い肌も、知的なシルバーフレーム越しに見える長い睫毛も納得のクオリティだと思えてくる。土台が違うのだ。

黒髪癖っ毛、どう見ても地味顔の七織は、自分を納得させた。


(いやいやいや…!うん、納得!じゃなくて、距離近くね?!)


近いのだ。

瞳の色が観察できる程度には。

そして、その瞳はじっと七織を捕らえて離さない。

無言の圧力とは、こういう、ことを言うのだろうか…

この場から逃げることは許されない雰囲気があった。

しかし、一向に何か言い出す気配はなく。目線は今なおバッチリ合っている。

ただ沈黙が流れるだけ。

お互いを見つめ合いながら。


「……」

「……」


そろそろ居たたまれなくなってきた。


(…ていうか、別に特に話し掛けられたわけじゃないんだから、「じゃあね」でいいじゃねぇか)

と思い至るまで数秒。


じゃあ…と言おうと口を開きかけた時、


すっと、鳳が動いた。

七織に向かって、人差し指を向け、静かに

「あの…」

と、口を開き、


七織は導かれるように、鳳が指し示した方向に視線を向けると、その先には。

今なお手紙を握り締め、直立する、七織の背には、無機質な、下駄箱。



「あ!!!!悪い!!!下駄箱、俺、邪魔か!!!」


やっと時間が動き出した。ついでに思考も。

七織の右隣の席の鳳。当然下駄箱の位置も近かった。

七織はラブレターに舞い上がって周りが見えなくなっていたが、ここは1年1組の下駄箱で、しかも今はピークは越えたとはいえ、朝の登校時間の真っ只中だった。

ずっと自分の下駄箱前を占領されていたのだ。

鳳は、さぞ迷惑だったことだろう。


そう思うと、鳳の静かな佇まいの中に憤りの様な色を感じた。


(お、怒っていらっしゃる…!!!!)


先程まで、最高潮だった七織のテンションは一瞬で急降下していった。

七織は、ハッキリ言って鳳が苦手だ。

人類としてのスペックの違いを、これでもかと見せ付けられている気がするし、そう思うと自分の中で見たくもない劣等感が顔を出す。


自分とは住んでいる世界が違う。


きっと、こちらの下界の民族の言語は通じないだろうと思うと、何を話せば良いかわからない。どうしても近寄りがたい。苦手だ。



しかも、もしかしたらラブレター貰ってアホ面全開だったシーンに立ち会われていたかも知れない。

そう思うと、兎に角早くこの場から逃げ去りたい気持ちでいっぱいになった。


「わ、悪い…!じゃあ…!!!」

ひきつった笑顔を顔面に張り付け、七織は脱兎のごとく下駄箱を後にした。

この場から逃げたところで、鳳は隣の席であり、再び顔を合わせるのだが。七織はそこまで考えていなかった。



鳳が本当は何を言いたかったのか、さえも。







5月を目前に控えた、麗らかな月曜日。


春の風に、柔らかな亜麻色の髪を弄ばれながら、鳳は静かに下駄箱に佇んでいた。

行き場をなくした右手を下ろし、元気に走り出して行ったクラスメイトの後ろ姿を視線だけで追う。


「おはよう…」

小さな声で呟いた言葉は、誰に拾われることもなく春風が優しく拐っていった。


続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ