生まれ変わったら、有機物になりたい。
バタンと音が鳴り、人間が乗り込んで来た。その人間は男であった。長い髪を不自然な位完璧に整え、一見個性的に見えるが街中に出てみると一気に目立たなくなる服装をし、自然界に存在していない、甘くキツイ匂いを辺りにこれでもかと撒き散らしていた。男が胸ポケットから煙草を取り出し右手に持つと、今度は左のポケットから出した鈍い光沢がある銀色のライターでチンッと格好つけて火を付けた。そして、一回だけ吹かしてからまた左ポケットに手を入れ、慣れた手つきで取り出した鍵を私に刺し、時計の針と同じように回すと、私は痛くもないのに泣き叫ぶように身体を鳴らした。
ああ、もう嫌だ、こんな身体はもう嫌なのだ。身体は大きい癖に自分一人では一センチメートルも動く事が出来ないし、人間が来てエンジンを着けて貰い、ようやく、動けるようになったと思いきや私の意思ではほとんど動くことが出来ない。
この男のかける音楽は趣味が悪く、ガチャガチャという蹴瑶しい音と、意味が分からない叫び声が音の塊となってボンネットを揺らしてくるし、男の浸ける香水というものが、煙草と、私に備え付けられている芳香剤と混ざり合い、物凄い匂いになっている為私は毎日気分が悪く、この男に向かって鉄柱が落ちてこないものかと常々思っているのであるがそれはさておき、人間の中では”自殺“というものが異様に流行っていると聞く。この男も最近、その事について関心を持っている様で、私の中に練炭を持ってきてライターを手に三時間程汗をかきながら息を荒げていていたが、怖じけついた様で「くそッ!」とハンドルに八つ当たりをしながら涙を流していた事があった。
私を巻き添えにしようとたり、八つ当たりをしたりするのは心底迷惑な話であるが、まあ、なんというのであろう、私もこんな生活には懲り懲りしていた口である。人間のように死にたいとは思ってはいないが、この男の死で持ち主が替わって今の生活がもうちょっとマシになるのではと期待をしていたりしている。
ようやく煙草を吸い終わったのか、男は吸殻を外に放り投げてから深呼吸を一つ、アクセルを踏み込んだ。自分の意思とは関係無くタイヤが回転し、景色が時間を越えるように流れていく。
ふと、男の息が荒いのに気が付いた。まるで練炭を持ってきたあの日のように……
平日の午後の人も車も見当たらない細い道路、この先を行くとガードレールに阻まれていない崖が目の前に現れる。そんな道をアクセルを床まで押し付け、エンジンが暴走したように呻き、外の風景は過去へと流れていく。男は苦しそうに歯を喰いしばっているようにも、愉しそうに笑っているようにも、狂ったように嗤っているようにも見えた。
崖が見えてきた。
──ああ、だから私はこの身体が嫌いなのだ。
自分の意思ではない自殺。どうしようもなく、何処までも、あの男の巻き添え。
『生まれ変わったら、有機物に産まれたい』
私はそう思いながら、まるでE.Tの映画の中の様に空を跳んだ。
地面が蒼かった。
目が覚めて一番最初に疑問に感じたのがそれだった。次に自分が立っていることに気付き、左右に分かれた五本指の手が付いている事に気が付いた。上を見上げると、空が燃えるように赤く、太陽がコンクリートの様に灰色だった。
私の真横には、ぼこぼこになって吠えるように燃えている車があった。それを暫く眺めていると、エンジンにまで炎が回ったのか、きのこ雲が上がったが空の色と同化していてきのこの形を見ることは出来なかった。
私は茸が食べたくなった。思い立ったら吉日と私は茸を探しに、雲のように白い木々が集まっている森の中へと鼻歌を刻みつつ消えていった。
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