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~休み時間:森のキノコにご用心~

 薄暗い森の中、トコトコと歩く集団があった。4人くらいの人数で森の中にできた獣道を進む。今の時間帯は昼。太陽が確認しづらいこの森では、時間の進み具合が把握しにくい。だが、彼らはこの森で生まれ、育ってきた。故に太陽なんてなくても、ある程度の時間はわかる。

「……」

 その集団は無言で道を進む。よく見ると、その集団にはさまざまな年齢の者がいた。

 先頭を歩く大柄な男性……は、この集団の中で最も高齢であろう雰囲気が漂っている。その後ろに続くのは小柄な女性……?であり、おそらくこの二人は夫婦のように思われる。そして二人、小さな子供が続き、最後尾には先頭の男性には及ばないまでも、それなりに体格のいい男性がいた。位置的に長男であろうか。

「……」

「……」

「……」

 静かな森の中で、誰も一切口を開かない。周りからは種類も判別できない鳥のような声が聞こえる。ここに生息する鳥達は自分達を害する存在だと知っているからか、頭上に気を配っていた。


―グルルゥゥッ


 しかし不幸なことに、ここは獣道。文字通り森に潜む獣と出くわしてもおかしくはない。目の前に現れたのは一言で表すならトラ、詳しく言えばジャガーのようなものであった。しかし、その口から伸びる二本の牙は太く、鋭い。奴らはこの森に棲むハンター、ウォーパルタイガー。その一撃は獲物を裂き、なおかつ牙からは毒も分泌する猛獣であった。

 列からは動揺が伝わってくる。しかし、たった一人だけ普段通りにしている者がいた。

「……」

 それは先頭に立っていた男性であった。後ろの者達に「動くな」とハンドサインを出し、一歩前に出る。もちろん、ウォーパルタイガーはその男性を睨みつける。

―ウウウゥゥゥゥ……

「……」

 男性はさらに前に歩いていき、立ち止まる。そして足元の土を踏みしめ力を込めた瞬間、その姿が消えた。

―ガッ……ゴバッ

 突如消えた男性に警戒して身構えたウォーパルタイガー。だが、もう遅い。左頬に伝わる衝撃でその視界が大きく揺れる。その衝撃の正体は、


 ウォーパルタイガーのすぐ横に移動した男性の、恐ろしく速い左フックだった。


―グッ、ガァアアア……アァ!?

 困惑しながらも獲物を見ようとしたウォーパルタイガーだったが、今度は男性がその頭部を鷲掴みにした。直感だろうか、タイガーが逃げようと体を振るがびくともしない。そして今度はタイガーの下から襲い掛かる。


 膝。突き上げられたその凶器が、上から押し付けられた頭部に直撃し、その下あごを粉砕する。


―ゴウッ……フゥフゥ、フィァァ!

 ふらふらとしながらも襲い掛かろうと、飛び上がったタイガー。だがその選択は間違っていた。体を捻る男性。狙うはがら空きになった腹部。


 その屈強な右腕から繰り出される、撃鉄のようなストレート。それは吸い込まれるようにタイガーの腹部を抉った。


 ウォーパルタイガーはダンプカーに撥ねられたような勢いで、背後にあった木へと叩きつけられた。その衝撃は幹はへこみ、枝葉がザワザワと揺れる。タイガーは尚も立ち上がろうとするが、どうやら度重なるダメージに自由に動けない様子。その目の前へと、さっきと同じように一瞬で現れた男性。男性はタイガーの事を見つめ、しばし考える。そしてタイガーの首の部分へ両手を添えると、


 両手に力を込めて、その頸椎をへし折った。


 一瞬痙攣した後に、ウォーパルタイガーの体から力が抜けた。男性はそれを無感情に見つめる。彼には見逃すことなどありえなかった。この獣を見逃せばやがて傷を癒し、また自分達に襲い掛かってくるだろう。そうでなくとも、手負いの獣を逃せばどうなるかは想像に難くない。故に彼は、敵と相対した際は自分が死ぬか、相手が死ぬか……そういう風に考えている男だった。

 男性はその亡骸を見つめ、しばらくすると肩に背負う。敗者の扱いは勝者にゆだねられる。彼はそこに捨て置くのではなく、これから向かう場所への土産とすることにしたようだ。後ろから心配そうに見てくる家族がいたが、彼はハンドサインで「大丈夫だ」と伝える。彼らの中に少し安心したような雰囲気が漂ってきた。



 やがて彼らは目的地―森の賢者が住む家に着いた。彼らはその家の戸をトントンと叩く。しばらくして中から人が出てくる。

「はい?って君たちか」

 中から出てきたのはエルフの女性―ミレイアだった。

「そうか、今日が約束の日だったな。すまない、失念していた」

 ミレイアがすまなそうに言ったのに対して、訪問者達は「気にしていない」と手を振る。そして背負っていた「土産」をドスッと地面に下ろす。ミレイアはそれを見て、驚いたように目を見開く。

「……ずいぶん大きい持ち物だな。もしや私に?」

 男性は頷くと、タイガーとの遭遇からの経緯を簡単に話す。聞き終わるとミレイアは「ハハッ」と笑う。

「君の戦闘力は相変わらず壊れているな。私も勝てるかどうかわからない相手に無傷とは……」

 男性は「そんなことはない」と首を振る。実際自分達だって負けるときは負ける。そこでミレイアはいまだに立ち話していたことを思い出す。

「まぁなんにせよここまで大変だっただろう。それはその場に置いといてくれ。後で私が解体しておく。さ、はいってくれ」

 そう言われ中に入ろうとするが、先頭の男性が入ろうとしたらドアに頭が突っかかってしまう。頭、というよりも傘が、であるが。ミレイアはそれを見て、またもや申し訳なさそうな顔をする。

「重ねて申し訳ない……確かに君たち『茸人きのと』にはこのドアは小さかったな」

 男性は「問題ない」と手を向ける。男性は傘をスッと細くすると中に入る。後ろに続く茸人も同じように入ってくる。



 彼らは「茸人きのと」とよばれる種族だった。見た目はキノコそのものだが、そのキノコに腕と足が生えている。なんとも不思議な種族で、しかしこの森の中でかなり実力のある種族でもある。

 彼らの武器はその肉体。繊維質により柔軟且つ硬質化したその腕から放たれる弾丸の如きその拳は、巨木を叩き折り外敵を粉砕する。また脚部も発達している為、そのフットワークにより敵との距離を瞬時に詰めることができる。さらに個体によって効果が違う「胞子」を備えており、ピンチに陥った際はそれを煙幕代わりにしたり、絡め手として活用する個体もいるのだ。そうした力を恐れ、この森の生物の多くは「茸人きのと」と関わりを持たないようにしているほどだった。


 茸人の主食、というか原動力になるのは主に水だ。むしろそれ以外はいらないといっても過言ではない。この森は水源が枯渇しているわけでもなく、茸人が生活するには問題のない量の水が確保できる場所だった。

 しかし、この森に鋭利な霜が降るようになってからその生活は激変した。水素の多い水場は日中であっても「白霜の霧」が漂っており、流石の茸人であってもその中へ進むことはできなかった。―ちなみに水分の補給の仕方は足から吸収している。そういうわけで彼等、エリンギ茸人のアルフレッド・エリザベス親子達は水を摂ることができず困っていた。

 そこに通りかかったのが「白霜の霧」を調査しに歩き回っていたミレイアであった。彼女はアルフレッド達の状況を聞くと、

「それなら私が水を提供するとしよう。代わりに君たちに頼みたいことがあるんだが……」

 アルフレッドはその条件に対して快諾した。こうして彼らはちょこちょことミレイアのことを訪ねるようになったのだった。


 アルフレッドは中に入ったときにミレイアではない誰かの匂いを感じ取っていた。友人だろうか。よく見ると机の上には何人分かのマグカップが置いてある。ミレイアはアルフレッドの視線を追って、「あぁ」と呟く。

「客人が昨日から来ていてな。さっき出ていったところだ」

 微笑みながらそういうミレイア。アルフレッドはもう一度机を見て頷いた後、その机の前へと座った。ミレイアも反対側に座ると、アルフレッドの前に紙とペンを置く。エリザベスと子供たちはその後ろでアルフレッドの事を見つめている。

「さて、では……」

 そう言うとミレイアは色々なことを話し始めた。それに対してアルフレッドは少し考えるように顎(明確にそう言えるような形はないが。)に手を当てて紙に何かを書き始める。そうしたやり取りを数分間繰り返し、ようやく終わるころにはその紙はびっしりと文字で埋められていた。そうして紙を受け取ったミレイアは途中で着けていたメガネのような魔具を外す。

「ふぅ……ありがとう、アルフレッド。これでまた対策を立てることができるし、森の状況もわかる」

 アルフレッドは「こちらこそ」と頭を下げて足元にあった、水が満タンに入っている壺を持ち上げる。


 ミレイアが出した交換条件とは、この森の調査依頼であった。特に自分では近づけないような強力な生物が徘徊する、森の深部の。ミレイアの実力はこの森の中では高い部類である。しかしその実力は魔術と魔術工学に特化しすぎており、魔術無効化や一部のアストラル系といった非物質の生物とは相性が悪かった。そして不幸にもこの森にはその両者が少なからず存在する。しかも、「白霜の霧」の調査が最も必要な個所にそいつ等は現れてしまう。対してアルフレッドは経験に裏打ちされた実力、森で過ごしてきたことによる感覚、いざというときの擬態&逃走技術といったミレイアにはない様々な技能を持っていた。そうしてその実力を発揮してもらい、そのような場所へ赴き実際に見てきてもらう、という仕事を任せているのだ。

 故にアルフレッドはこの仕事をむしろ簡単な仕事だと考えている。ただ、文字を書くのは苦手な為、質問責めをされてしまうと少し困ってしまうのだが。ミレイアは満足そうに紙を見つめていると、アルフレッドは「用事は済んだ」という風に外へ出ようと席を立った。ミレイアは慌ててその見送りに出る。

「また次の機会を楽しみにしているよ」

 そう言ってドアを開けてやる。入った時と同じように出ていくと、ミレイアの方へ手を振る。ミレイアもそれを見て振り返す。次に来るのは約一か月後だろうか。それまでまた森の中を歩き回らねば、とアルフレッドは考える。


 アルフレッドの妻、エリザベスはその記憶を数日前に巻き戻す。ミレイアの家へと続く道を森へ帰ろうとしたときすれ違った一組の男女。もしかしてミレイアを訪ねていたのは彼等だったのかもしれない、とエリザベスは思った。今度来た時はその辺りも聞いてみようか、と考えを巡らせた。


 子供たちは早く水が欲しいと、父の背負った壺をひたすら凝視していた。


 そしてそんな彼らを襲う獣はいなかった。むしろはやく通り過ぎてほしい、と言わんばかりに皆一様に涙目であった。

次の投稿は8/30を予定しています


今回口数少ない、というか会話少ないのは茸人って口ないからなんですよ。え?ミレイアとどうやって話してるの?って……テレパシー……ですかね

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