~二時限目:森の薬師と道祖神~下
「帰りましたよ、ミレイア。……散歩の途中にこんなものを拾ったのですが、いります?」
「あぁ、おか……おぉ!?お前、よくこんなものを見つけてこれたな……ありがたく頂戴しよう」
「まぁ探査系の術は得意でしたので。ところでアスカは?」
「お前が帰ってくるほんの少し前までは、ウンウン頭抱えて唸っていたぞ……今は寝ている。ソファで悪いが、動かすのが難しかったのでな」
「そうですか……ところで唸る?何かあったんですか」
「まったく……お前、あの娘に自分の事も言ってなかったのか?お前が女性だと聞いて驚いていたぞ」
「……あぁ、そういうことですか……アスカに言ったんですか?」
「どうした、何かまずかったか?」
「いえ、あなた方にはそういう風に作用するのは知っていましたから気にするだけ無駄ですし、アスカにしっかりと説明しなかった責任はワタシにもありますしね……しかし、彼女はワタシのことをどういう風に見てたんですか?」
「男性だと思っていたらしい。……お前のその体つきを見れば一目瞭然だと思うがな」
「体しか見てないんですか、まったく………いいのよ、あの娘にはそういう風に見えてたんだもの。アナタにはアナタだけのアタシがあるのよ」
「……お前が言うことは私には理解できない。だが、お前が大丈夫というなら私は気にしないさ」
「ありがとう、ミレイア…ところで、なんでアナタは寝てなかったの?アタシの記憶が確かなら、アナタって結構早寝するタイプよね?」
「そ、それはだな!その……久しぶりに一緒に寝ないか?最近、寂しかったんだ……」
「……」
「なんだ、その顔は!その薄ら笑いはやめろ!…お前たちに比べればきっと私は大人の年頃なんだろうが…私だって、まだ子供なんだ。だから頼む」
「…別にいいわよ。いらっしゃい?刺激的な夜にしてあげる♪」
「優しくしてくれよ…?お前と寝ると、いっつもおかしな夢を見るんだから……」
「ふふ、気づいているのに遠ざけないのね……ハマっちゃった?」
「………………ぉゃすみ」
「ふふっ……おやすみなさい、ミレイア」
―それはどこともしれぬ場所だった。
「ここって…」
アスカは周りを見渡す。だが、何もない。ただ真っ暗な空間があるだけ。
「……ぁぃ……ぃ…………」
遠くで何か聞こえてくる。アスカは、自然と足が向くままその場所へと歩いて行った。ゆっくりと、ゆっくりと。景色は変わらず、だがその先に段々と影が見えてくる。
「……誰?」
警戒しながら、その影に近づく。アスカの瞳に、その影の輪郭が見えてくる。
「……」
ぼろ布のようなものを頭から被った巨人のような異形。顔は髪らしき何かによって覆われてよく見えない。ダランと垂らした腕は、体に比べても長い。爪は長く、肌は爛れている。見てるだけで何か不安を煽られるような、嫌悪を覚える外見。滲み出す雰囲気もドロドロと汚泥のように感じる。
だが、そんな異形を見つめてアスカは何故か既視感を感じる。最近、隣にいてくれた彼と……
「ジア……?」
瞳を開ければ、そこは見慣れたミレイアの薬師小屋。窓から差し込む薄い光が、机の上やガラス棚の中の瓶に反射する。横になっていた体を起こすと、後ろの方でも誰かが起きる気配がした。
「あ、ミレイア……?ジアって昨夜に帰って、」
「……あら、おはよう」
違う、ミレイアじゃない。長い虹色の髪、シーツの下から見える色白い肌、張り付くシーツによってその体型が浮き出ているがそれはモデル顔負けのナイスバディ。なにより、胸部にある二つの凶器。髪がかかり細部は見えてないが、なによりその大きさはミレイアのSサイズやアスカのMサイズを遥かに凌駕する、いわばLLサイズ…! ボーン、ギューン、ドゴォォ!のメンタル絶壊ボディがアスカの朝起きの精神に破城鎚を叩き込む。何この美人、抱いてよ。
「アナタがよければ、アタシはいいわよ?……あと、ミレイアが完全に巻き込まれじゃない」
「……ん?」
今、私って口にだしてないよね?……おかしいな、すんごい既視感。そういえば、昨夜のミレイアのセリフを思い出してみると…まさか、
「ジア?」
「そうよ。昨日、ミレイアに聞いたんでしょ?特に隠してたわけではないのだけれど、ごめんなさいね。あとその少し下に向いた視線を上に向けてくれない?」
「んぇ!?いやいや、見てないっすよ?大丈夫大丈夫。別に私も小さくないしネ!?」
自爆かな?巨大なジア(意味深)はクスクス笑い、自分の隣のシーツをめくる。そこにはジアと同じように、何も纏っていないミレイアの姿が。あんたら、昨夜何やってたん?え、おかしくない?何この状況、私も脱いでおく?
「落ち着きなさい。昨夜、ミレイアにお願いされてね。仕方ないから添い寝してあげてたのよ」
「いやおかしいだろ」
顔が無に染まる。ミレイアってもしかして甘えん坊?
「ミレイアが甘えたがりな訳ではないのよ?ミレイアはこんな大人のようなナリをしてるけど、それはエルフという種族の特性であって、彼女の年齢は人間でいうところの十三歳くらいなのよ?」
「あ、そうなんだ…年下だったのか…」
こんなに騒いでいる間も、ジアの隣で眠るミレイアの顔は確かにその年相応とも言えるかわいらしい寝顔だった。
「……こんなに気持ちよさそうに寝てるところ悪いけど、そろそろ起きてもらおうかしら」
そう言うとジアは、ミレイアに覆いかぶさるように移動する。アスカは場所の都合上、ジアの臀部とその下が見えそうになったので急いで後ろを向く。無防備すぎない?いや、その前にミレイアに跨って何をする気なの……?スルスルと布がこすれる音がしたと思ったら、
「ひぅっ!?」
「おはよう、ミレイア。そろそろ起きる時間よ?」
振り返ったアスカが見たのは、ベットから立ち上がるジアと顔を紅くしているミレイアの姿だった。
……一体何をしたんだ。アスカは疑問しかない先ほどの行動に心の中でそう呟く。すると、ジアはアスカの方を見て、口元に手を当てて、
「ひみつ♪」
と、笑った。
「では、移動するのか?」
ミレイアが朝ご飯の席でジアとアスカに問う。その顔に、起きた時の赤みはなかった。……いやよく見たらまだ赤い。
「えぇ。ここに長居するのも悪いしね……次の予定もあるもの」
「そうか」
ミレイアはそう言って椀に入っているスープを飲む。ちなみにテーブルには、トーストとハムエッグが並んでいる。ミレイアが飲んでいるのは赤い色をした、ミネストローネのようなスープだと思われる。
「……エルフってハムとか卵とか食べて大丈夫なの?」
「なぜだ?あぁ、アレルギーなら問題ないぞ。私は生まれた時からそういうのはないからな」
少しどや顔でミレイアは答える。いや違うよ……エルフって菜食主義みたいなもんなんじゃないの?
「一口にエルフと言っても食性は様々よ?種族差もあれば、個人差もある。アスカが言っているのはフォレストエルフの中でも昔ながらの生き方を重んじる、ハイエルフってやつかしらね。ミレイアはハイエルフの思想とは無縁の出自だからかしらね、こんな風に割と自由なのよ」
アスカの疑問にジアが笑いながら言う。裸同然だったジアも、今は普通に服を纏っている。それは男性の時の服と似ているが、細部が異なっており「奇術師」というより「魔術師」に近くなった気がする。ジアはマグカップの中身を飲み干しながら、席を立つ。
「アスカ、ゆっくり食べてていいわ。アタシは周りの危険を排除してくるから……あと、見つめすぎよ」
最後の部分だけ、耳元で囁かれる。危うく、飲もうとしていたスープが逆流しそうになった。ほんとにやめてほしい、心臓に悪いし……あ、あと見てないっすよ。
「わっかりやすいわねぇ……」
またも笑いながら、扉から出ていく。そういえば、姿は変わっても笑い方だけは前と一緒だよね。そう思いつつ、さっきよりもスピードをあげて朝ご飯を食べ始める。……別にさっきまで別のものに気を取られてたわけじゃないからね!
「気を付けるんだぞー!」
ミレイアの声を背中で受けながら、二人は森の中へ入っていく。森の木々は白く、枯れてるような印象を受ける。葉が少ないはずなのに、上から降り注ぐ光は異常な程に少ない。太陽が出ていないのか見上げてみてもよくわからない。木々の枝が組み合わさってまるで檻の中のような印象を受ける。……ところで、
「ねぇ、その手に持ってるの何?蛇っぽく見えるんだけど……」
「蛇かしらね」
その「あの人って誰?」「人間」みたいな返しを求めてはいない。種別よ、種別。ほら、アナコンダとかニシキヘビみたいな?
「…………これはヤマコガシっていうこの森に棲む蛇よ。この森はミレイアが言っていたみたいに、強力な氷霜の霧で覆われちゃうの。だからそれに対抗するようにここの生物は進化してきた結果、体内に火素を蓄えるようになったのよ。火素は木素と相性がよくて、この蛇は体内器官で木素を火素に変換することができるの」
「なるほど、環境への適応みたいな感じね。……それで持ってる理由は?」
「今、ヤマコガシの火素は血流に乗って全身を巡っているの。〆ちゃってるから火素の生成機能を失っているけど、生きてる間に溜め込んでた火素はまだ残留してる。だから、この残留している火素をアタシの体に移し替えてるところよ」
へぇ…確かに触ってみると爬虫類特有の皮の感触と、うっすらと温かみを感じる。ちなみにミレイアが朝飲んでいたものも、火素を含んだある生物の体液を含んでいるらしい。地球でいうところのコーヒーのようなものなのか、ミレイア曰く目が覚めるそうな。
そんなことを話しながら、二人は歩みを進めていく。
「……あのさ、ジアって女性だったの?」
アスカはジアに聞く。ジアの顔は見えない、いや見ない。ずっと気になってたけど、そんな雰囲気を出さないように。ジアに話してもらいたいから、ジアが話しやすいように。無意識であろうか、そんな思いをジアは感じ取る。
「そうね。アタシの事は話していなかったもの……知らなかったのも無理はないわ」
隣からジアの笑い声が聞こえる。その声音はいつものからかうような、ではなく優しげだった。そこで初めてジアの顔を横目でチラ見する。ちょうどジアもこっちを見ている時だったので、その視線は空中で交差した。
「アスカ。あなたはどっちのアタシが好き?」
不思議な問いだった。まるで自分がそう言えば、そうなってくれるような。そんな雰囲気を漂わせていた。アスカは少し考える。奇術師のような胡散臭い男性の姿をしたジアを思い出す。そして今、目の前にいる女性の姿をしたジア。どっちが好き、か……そうだね。
「どっちでもいいよ」
アスカはジアを見て言った。ジアは少し意外そうに目を見開く。そうだよ、やっぱりジアはどんな姿をしていても……根幹は変わってない気がする。いたずら気味な笑いも、こっちを見るときの少し柔らかな瞳も。ジアは、少しそうしていた後に笑った。
「そう、ですか……諦めていたのですが、ワタシはそんなところにまだいたのね」
「……ジア?」
ジアは何かに耽るように目を閉じた。その口元は優しく歪められていて、安心?しているような印象を受ける。諦めていたって……?
「気にしないでください。アタシの独り言ですから……あなたに感謝するわ、アスカ。お礼にマジックを見せてあげる……目を瞑って、そう……3,2,1」
ジアに言われるまま、アスカは目を閉じる。カウントが0になったとき、その頬に指が走った。
「ゼロ……さ、目を開けていいですよ」
静かに目を開ける。すると、そこにはさっきまでのナイスバディな女性ではなく胡散臭そうな姿の奇術師がいた。……マジック?
「えぇ、マジックですよ。……ただいま、アスカ」
「えっと、うん……あの、おかえり」
困惑しつつもとりあえずそう返す。その時生じたこの感情をなんと形容すればいいのか。湧き上がる感情は止まることなく、アスカの頬に一筋の線を描いた。……アンタのその焦る顔、久しぶりに見たよ。
「で、どういうこと?」
アスカはメガネを外して、その赤い瞳をこする。……別に泣いてたわけじゃないし。久しぶりに馴染み深い顔を見て、感極まったとかじゃないんだからね!
「ツンデレですか?」
やかましいわ。で、一体どういうことなのさ。
「それに関しては、少し長い話になりそうですからね。座って話したほうがいいでしょう」
そう言って、ジアは近くにあった少し出っ張った石に座る。私も真似して、ちょうど向かいにあったそれより小さな石に座る。いつの間にか地面には苔むした石畳が見え始めており、これまで通ってきた森の中よりも整備されてるような雰囲気がある。なんとなく、頭上からの光も増えている感じもするし。もしかすると、ここが森を通る際の正規の道なのかもしれない。アスカはそんなことを考えていた。
「……アスカにはワタシの名前しか伝えていませんでしたね。改めて申し上げます……私の名前と種族は幻魔。……そしてワタシはメフィスト・ファンタジア。アタシはアレイスター・ファンタジア。この世界でただ一つの存在です」
ジアの姿が女性に、そしてまた男性へと戻る。……マジック?
「今申し上げた通り、ワタシの名前はメフィストと申します。ファンタジアというのは種族名であり、私の共通名なのです」
「……少し整理させて。まず、女性の姿は何?」
「あれはアレイスター・ファンタジア。もう一人のワタシです。……ここから少し厄介なのですが、ついてきてくださいね」
そう言ってジアは空中に何かの画像を投影した。これは、木?
「はい、幻想界の系統樹です。地球のそれと比べると、縦―進化・派生の数は少ないですが、それを何百倍にも凌駕する横―そもそもの種の数が存在します」
「へぇ…あ、エルフにドラゴン。ここら辺は会ったことがあるから知ってる。……で、これが今の話と関係があるの?」
ジアはその画像を動かしてある一点をズームする。それは木の根っこ、つまり幻想界においての最初期の生物が示されている場所だった。よく見ると何百倍にも広がった横の線、その全てがその根っこから始まっている。
「ここに当たるのがワタシ、幻魔と呼ばれる生物です」
ほう。……?つまり?
「つまり、ワタシの幻魔という種は幻想界において、あらゆる生物の祖となった種族です。ですので、ワタシは幻想界においてあらゆる生物になり得ます」
「それは……そうなの?」
前に聞いたことあるけど、祖先から子孫へは受け継がれるものがあれど、子孫から祖先への逆帰りなんて起きるはずがないんじゃ。ジアは「一理あります」と頷く。
「ですが、前に魔素の説明でも用いたと思います。プログラムされているように、そうなっているのです。残念ながらこの説明において『この世界の理がそうなっている』という風にしか説明できません」
なるほど……で、あの時女性の姿になった理由は?
「他の幻魔に会ったことがないので、これはワタシ特有のものなのかもしれないのですが……ワタシはワタシと相対した人物が抱くイメージに沿った姿に変化してしまうのです。ミレイアと当時出会った時があの姿だったので、恐らくミレイアにとってはあの姿がワタシだったのでしょう」
「あれ?でもそうなると、私と一緒にいた時はその……メフィストだったのに、ミレイアの認識みたいなのによってアレイスター……になったままだったのはなんで?私と会った時はメフィスト……だったから、私にはそのままに見えるはずなんじゃ」
疑問に思ったことをそのままジアにぶつける。ジアはそれに関して答えがあるのか、すぐに返答してきた。
「はい。その通りのはずでした……ですがそうはならなかった。何故か?それはその前にミレイアから『ファンタジアは女性であった』という情報を得ていたからだと思います。それによってアスカの中の『ファンタジアという存在のイメージ』がブレた結果、アレイスターの姿になったんだと思います」
アスカは納得する。確かに、あの夜ミレイアから聞かされた情報によってジアのイメージは崩れていた。そこにジアの性質が合わさり、自分にも女性としてのジアが見えていたというわけだ。アスカは一応そう考えるようにして、次の疑問に移る。
「さっきの、マジックって言ってた目の前で変化したのは?もしかして私があの時、男のファンタジアを想像していたから?」
「……それも関係しているのかもしれません。憶測ですが、アスカが『どんな姿でもジアはジア』という認識を持ってくれたことであのような瞬間変化が可能になったのかと」
「可能になった?もしかしてあれって、あの時初めてできるように……ゴホッ」
話してる途中でむせる。長時間話し続けたことで、少し喉が乾燥したのかもしれない。ジアはそんなアスカに、どこから取り出したのかペットボトルの水を差し出す。……富〇山の天然水って、どこにあったのよ。
「コンビニで買いましたよ」
こんな奇人がコンビニに行ったら、店員さん混乱するんじゃないかな。アスカは喉を潤し、もう一度話の続きを話す。
「あの瞬間着替えみたいなのやったのって、あれが初めてなの?」
「えぇ。あそこまで簡単にできたことはありません。これまでにあれと似たようなことをするためには、『ファンタジアは〇〇である』みたいな噂を流して人々のイメージを固定化させないといけなかったので」
なにその印象操作……いや確かに、それくらいしないとイメージ、というか人の認識って変わらないか。
「まぁ、そんなわけで……ワタシがあなたに説明しなかった『私』の話でした」
ジアの言葉に、無意識にこわばっていた肩がほぐれる。内容も理解も難しかったが、なんとかついてこれた。と、同時にミレイアのあの質問を思い出す。……やっぱり、ジアは優しいよね。
「?」
あ、そっか。心の中で思ったことでも聞かれてるんだった……なら声に出してもいっか。
「いや、ジアが外に行ったあの夜にね、ジアのことを二人で話してたの。胡散臭いとかいろいろとね……でもミレイアはそれに加えて怖いって言ってた」
ジアは静かな表情でアスカの話を聞く。まるで慣れてる、とでも言わんばかりに微笑んだまま。だが、その顔は次のミレイアの一言で変わった。
「……私もそういう風に思ったことがある。けど、それ以上に優しいなって思ったんだ」
「……優しい、ですか」
「うん、今だって思ってる。ジアの種族の話とか、私にする必要はないはずでしょ?」
気になっていたのはそれだ。ジアがこの話をアスカにする必要は、本来ないはずだ。知らせないままでいれば、多少の疑問は浮かぼうともそれを解決する手段はアスカにはない。むしろそういうものである、と納得したはずだ。なにせ相手は住んでる世界が違うのだから。アスカは聡明であり、だからこそそういう風に考えることができる。
「ジアはそう考えなかった。きっと、私が不安に思ってるって感じてくれたんでしょ?……勝手な解釈だけど、だからこそやっぱり優しいなって思ったんだ」
ジアは無言でその言葉を聞いていた。確かにジアはアスカの不安を感じ取っていたから、このネタバラシをしようとした。けれどそれは自分の目的の為でもあり、いうなればついでのようなものだ。けれど、彼女はそれを優しさと言った。ジアにとっては予想もしていなかった言葉であった。
「ありがとう、ございます。アスカ、あなたはやはりおもしろい」
だからこそ、それに感謝を述べ最後まですべてを明かすことを決めた。
「……ワタシには目的があります。今回の話もそれがあってのことだったのです」
「目的?」
アスカは首を捻る。ジアは頷いて続ける。
「ワタシはこの幻想界のあらゆる生物の祖と言える、といいましたね。ですが、そうなるとワタシはどうして生まれたのでしょう」
ジアの目的の一つは、己の出生に関してだった。自分が生物の祖となる種ならば、己の種はどうやって生まれてきたのか。もっと簡単に言えば、
「ワタシが意識を持った時、ワタシは既にこの姿でした。……ワタシは知りたいのです。ワタシのルーツを、ワタシと同じ仲間の存在を。……そしてなにより『私』を」
ジアの言い方に、途中まで理解していたアスカはまた疑問顔に戻る。私は私じゃないの?
「今、アスカの目の前で話しているワタシはワタシです。ですが、これは人々のイメージから生まれたワタシです。本当の私とは違うはずなんです。……さっきアスカは言いました。メフィストとアレイスターは、笑顔が同じだったと。ですが、それはあり得ない筈なんです。大衆のイメージを重ねて作られたワタシとアタシが同じ笑顔を持つ筈がないんです。顔も姿も声も違うんですから。ですが、アスカの言う通りならば恐らくすべての姿に共通するルーツのようなものがあるはずなんです」
「なかなか難しい話だね……でも、自分が何者か知りたいってのはわかる気がする」
幼いころを思い出す。自分という存在を確立しようと、様々なことをやった。くっ、左腕が疼く……!とか、今思い出すと恥ずかしくなってくる。
「アスカもそういう時期があったんですね……香ばしいです」
「ちょ、今心を読むのは反則でしょ!」
アスカは少し顔を赤くして、ジアの顔を睨む。くっ、その微笑ましそうな顔をやめろぉ!
「しかしやっと、やっと話せました……アスカ、改めて謝罪します。ワタシの目的を隠していて、申し訳ありません」
「話してくれてありがと、としか私には言えないな。じゃあ、この森に来たのもジアのその目的の為なの?」
「あぁ、いえいえ。ワタシの目的というのは明確な道筋があるものではありませんから。この幻想界をひたすら、歩き回るしかありません。そう考えると確かにここに来たのはワタシの目的の為と言えますが……今回は、あなたの為ですよ」
そう言って、上を指さす。つられて上を見ると、
そこに顔があった。
「……」
無言。それほどまでの驚愕だった。顔に目はなく、否ベールのようなものがかかっているようでよく見えない。見えるのはやわらかく歪められた口元だけ。頭髪は見受けられず、造られたような頭形が印象的だ。いや、実際作られてるのかもしれないけどさ……。
よく見ると、その顔には体があった。というか自分達が座っているのもその一部だった。石のように見えたそれらは、この巨頭の足の指だった。そこから立ち上がり後ろに下がってみると、その全身像が露わになった。その背丈は周りの木を追い越さんばかりで、胸の前で組まれた両手、加えて背中から生えた六本の腕が思い思いに動いている。というか、これに気づかなかった自分もおかしいんじゃないか?
「それも仕方ないでしょう。このお方は普段は完全に気配を消していますから」
まるで知り合いのような口調でジアは話す。その巨像は小首をかしげてこちらを見つめている―目はないが。その巨像は胸元、下半身の服装を見るに恐らく女性を模したものであろうと考えられた。座っている時は石のような感触がしていたが、今はまるで普通の人間のように生き生きとした色を帯びている。……もしかして、さっき言ってた気配を消していたってそういうことなのかな。
「さて、今回の目的はずばりこの巨像にあります。この方は『森の道祖神』といい、森に迷い込んだりした人に出口や道を教える役目をしています。しかし、それが主なる役目ではなくてですね
……その人の進む道を教える役目を担っています」
人生のガイドナビみたいなもんなの?もう一度見上げると、その顔はさっきと同じように微笑み、こちらを見つめている。
「いえ、そこまで詳しいものではありません。あくまでその人の感覚に訴える、説明が難しいものです。いうなれば、神様からのお告げ、啓示のようなものですかね」
ジアにしては珍しく、言葉で表しづらそうに苦い表情をしている。ってか、
「ジアは、されたことあるの?」
「えぇ、ありますよ。今よりもかなーり昔に。その結果、ワタシはアスカ達のいる世界に来たのですから」
つまり、この巨像が導いたようなものなのか。……ただ、何も言わずずっとこっちを見てるのはすごい不気味だけども。
「時間も無限ではないですし、さっそくやってみましょうか。アスカ、像の目の前に立って目を閉じてください」
……まぁ、ジアもやったことあるなら大丈夫なことなんでしょ。アスカは言われた通り、巨像の前に立つ。その背丈は改めてみると、すごく大きい。不安はあるが、それを押し殺して瞳を閉じる。すると、巨像の方に動きがあった。
「……」
腰を曲げ、アスカへ顔を近づける。胸の前で組んでいた腕を解き、アスカのことをそっと包む。肌に触れたその腕は、普通の人間のように柔らかく、硬質なイメージの像とはかけ離れていた。腕で包んだ巨像は、そっとアスカのその額に大きな指の先を添えた。
内を覗き込まれているような感覚がアスカの中を這いまわった。脳裏に浮かぶあの巨像の顔に、一つの大きな瞳を幻視する。やがて瞳は消え、その内面に一つの映像が映し出された。それは、氷に閉ざされた場所。木々が枯れ、周りが白に覆われた大地。やがて、その映像は消え去り、目の前にはアスカが現れた。
「……」
そのアスカは今よりも若く感じる。見た目ではなく、精神性がというべきだろうか。というか、見てるのはアスカ自身なんだから今より若いかどうかなんてわかるはずである。その姿は確か……自分が中学生の最後の頃だったように感じる。中学生アスカは無言で、今のアスカの背後を指さしている。振り返ると、もう一人立っていた。
「……不安に思うのはわかるけどさ、大丈夫だよ」
それはメガネを外し背丈も違うが、まぎれもなく自分の姿だった。進めばいいのか?声に出さず、二人にアスカは問いかけた。
「進むも、」
「止まるも、」
「それは自分の選択次第」
二人は交互に話す。アスカはしばらくその場に立ち止まっていた。一度、幼いアスカを振り返った。幼いアスカは名残惜しそうな顔をしていた。自分のことなのだから、その考えも共有してると思って当然であろうか。
「ありがと」
アスカはそう言って、前に歩き出した。幼いアスカに背を向けて。大丈夫、もう半分くらいはわかってるから……だから、ありがとう。
『汝の選択、見届けたり』
女性の声がして、目の前にまたさっきと同じ映像が映し出された。……ここに行けってことなのかな。なら、行かなきゃね。だけどちょっとだけ、ちょっとだけ眠いかな。
アスカは、そこで静かな微睡に身を任せた。暖かい感触を背中に感じながら。
ジアは、巨像の手から離れたアスカを抱きとめる。巨像を見上げると、静かに大きくうなずくだけだった。この巨像は、人の奥底に入り込みその人物に対して最高の解―行先を示す、という性質を持っていた。しかし、他人の内面心理に入り込むという所業には軽い副作用があり、この巨像の影響を受けた者はこうして巨像から離れた後に昏倒してしまう。だがそこに悪影響はなく、巨像のそれはどちらかといえば安らかな睡眠を提供していた。
それを知っているジアは心配とは違う、別の意味で巨像を見上げた。
「……ワタシは彼女のことを少しは導けているのでしょうか」
瞳を閉じるアスカを見つめて、ジアは巨像に問う。巨像は動かず、ただジアを見ていた。ジアは「そうですか」と呟き、そっと立ち上がる。ジアを抱きかかえ、巨像に背を向けた。
「ありがとうございました、無名の偶像」
名もなく、顔もなく。それは己を映す鏡なり。そんな意図で名づけられた本当の名を呼んでやり、ジアは森の出口へと進んでいった。偶像はその背が見えなくなるまで見送ると、また姿勢を戻し腕を組む。次に人が来るのはいつになるか、そんなことを思いながら己の体を硬く、石へと変化した。
お待たせして申し訳ありませんでした!
※次回は三時限目―の前に少し別のお話をいれていくかもしれません。主人公はキノコの予定です(多分
8/2 誤字修正しました




