プロローグ
―それはこの学校で囁かれた一つの噂。噂の内容とは、「ある特別な生徒のみが受けることのできる、特殊な教師による、謎の授業が存在する」というもの。たくさんの生徒がそれの実在を確認しようと学校の事務局、教員、先輩に話を聞いて回った。その結果は、
―「そんなものは存在しない」という回答。本当にその学校に所属する全てがその存在を知らないのだ。
最初はだれもがその存在を隠匿している、と考えた。だがいつの日かその存在を誰もが本当に知らないと彼らは知った。故に、だんだんとその噂は彼らの記憶から忘れ去られていった。今では本当にその存在を信用する学生や、笑い話のように語る人々によって細々と語られていくのであった。
春。それは別れと出会いの季節。だがこの日に関しては別れというものは似合わない。今日はこの大学、『私立幽泉学園』の入学式であった。今しがた終わった入学式が行われていた体育館前には、同学からの友人と語り合うもの、旧知の友人と再会して笑いあうもの、先輩に率いられて学園の中を回り歩くもの、サークルや研究会の勧誘の嵐に飲み込まれるもの、様々な場面が繰り広げられていた。
だが、そんな中にあってただ一人、それらを物憂げに見つめる少女。それだけならまだ珍しくもないだろう。この学園には付属の学校なんてものはないから、入学式当日に友人ができるなんてことは滅多にない。また始まるであろうこれからの生活を思って憂鬱に思ったり、堅苦しい挨拶の多い式そのものが嫌いなものも多いだろう。彼女も大方そんなものであろう、と誰もが思うに違いない。
けれど私は違った。そうは思わなかった。なんと言えばいいのか、彼女は致命的に何かが違う。新入生にして―学年によって制服のリボンやネクタイの色が違い、彼女は新入生用の若草色のリボンをつけていた―、まるでこの世の全てを呪うかのような瞳。潜めているが、滲み出す黒の色相。私以外の人にはわからないだろう。しかし私にはわかった。
(今回はあの娘に決めますか……)
ワタシは心の中でそう呟いた。
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私は春が嫌いだ。理由はない。ただなんとなく、イライラする。友達と語り合う時に見せる笑顔、勧誘に詰め寄られ困ったような顔をしつつも内心喜んでいるその姿、春の麗らかな陽気。
その全てが私の神経をイライラさせる。……いや、本当に理由はないのだ。私にもなぜこんな感情が生じるのかはわからない。ただ、昔からこうなのだ。十人が聞いたら十人が感動的と答える作品―絵でも、音楽でも、なんでもいい―を私はボロクソに貶す。百人が賛同する意見に反論する。こんな感じに私はいつもなぜか、世間では少数派と呼ばれる部類に属していた。まるで宿命のように……なんてかっこよくいってみたけれど、単にひねくれものなだけだろう。今となっては、ある程度融通がきくようになってきたし、私もいろいろと判断できる年になってきた。
だが昔の私は手がかかっただろう。学校の先生や両親とか…特に母親は事あるごとに、
『あんたにはびっくりしたよ。幼稚園に行った帰りにいきなり「人はなんで群れるの?」なんて聞かれたからねぇ』
といった風に笑い交じりに話してくれた。まあ、そのころの母は困り果てた顔だっただろうけど。
そういうわけで私は多数が嫌いだ。かっこよくいえば善を嫌い、正義を貶す……といったところだろうか。うん、恥ずかしい。
「すみません、こんなのに興味ありませんか?」
だから誰も近づくな的な雰囲気出してたのに、近づいてきたコイツはちょっと変わった人なんだろう。
「ごめんなさい。興味、ないので」
「いえいえ、そんなこと言わずに!是非とも!」
そういってその男は私に一枚の紙を押し付けてきた。なんだコイツ、新手のナンパか何か?そう思いつつ私は男に紙を返そうと立ち上がった。
「だから、いらないって……?」
そこに男性はいなかった。あれ?と私は首を傾げる。おかしい、周りを見回してもそれらしき人物は見つからない。目線を外した一瞬に走り去ったのだろうか。それにしては気配も何もしなかった。まるで忽然とその場から消え去ったような。
「まったく、何なのよ。これも一体……」
紙に目を落とすとそこに【4-310】という教室番号らしき数字と地図、そして
「幻想学?」
その一文。なんじゃこりゃ……いたずら?それにしてはしっかりとしてるし、教室の番号も確か存在してる場所のはず。それになんだか、これを見てるとなぜか目を惹かれてしまう。
「私、別にこういうの好きではないんだけどなぁ」
ふと目をやるとその地図やらの下に【12:00~】というものが。時計を見ると、既定の時間まで残り数十分といったところだった。私はカバンを手に取り、もう一度地図を確認する。
「ま、行くだけ行ってみようか……予定とかあるわけでもないし」
そう言って私はゆっくりと歩き出した。
「ここ……だよね?」
地図の通り歩いてくると、そこは普通に使う教室よりもかなり離れたところにあった。はっきり言うと私以外に人はいない。もしかしていたずら?などと思ってたら、
「?……なんか落ちてきた」
天井から一枚の紙片が落ちてくる。ノートの切れ端と思しきそれを拾い上げると、
『ようこそ。やはりワタシの見立て通り……あなた、友達いないんですね!!』
捨てよう。そう決めた私はそれをクシャリと握りつぶした。………まぁ、待つんだ。冷静になれ、私。見間違いかもしれないし、そもそも私にも友達くらいは……そこまで考えて私は思考をやめ、握りつぶした紙をもう一度広げる。
『ひどいじゃないですか。見るなり握りつぶすなんて』
「は?」
まるで私の行動を予想してたかのような文面に先ほどの怒りも忘れて、驚愕のまなざしでそれを見つめる。私のことを予想して書いておいた?そう考えた私の目の前で、その予想を裏切る事が起きる
なんと、文字が移動し始めた。
紙面の上を踊るように移動する文字たちはやがて一つの文面を構成する。
『驚いてますね?まぁ、慣れてください。あなたがこれから学ぶことはこんなことですから』
やはり先ほどと同じように私の反応を見ているかのように紙は文字を紡ぎだす。もう何がなんだかわからない……え?何?ハリーでポッターな世界なの?私いつのまにか駅の柱に突っ込んでた?
『あの作品、私好きですけどねぇ……今度はそういう趣向でやってみます?』
思考を読むな!私は心の中で絶叫する。なんなんだ、一体…これ現実?いや、現実だわ。だってこれ破れるし。
『待ってください待ってください!?なんで現実判断のために紙破くんですか?頬をつねりなさい、頬を!』
痛いじゃん。
『そんなんだから「ゆとりは~」なんて言われるんですよ』
いけない。なんか普通に会話してしまっていた。そもそも、この紙を配ってたのはアンタ?どういう目的なの?すると今度の質問に対する回答には少し時間がかかっていた。ややすると、また文字が動き出していく。
『そうですね。あなたに渡したのはワタシではありませんが、この紙をあなたに渡すように指示したのはワタシですよ。そして目的ですか……あなたの人生を豊かにするお手伝い、といったところでしょうか』
宗教?そういうのいらないんだけど…てか幻想学って何よ。
『宗教じゃないですよ。ちなみに私は無宗教です。日本人だって聖人の誕生日に大騒ぎするわ、ハロウィンと称してヤーシブを闊歩したりするでしょ?まぁ、そんな話も交えつつ、幻想学とは、ですか、んー……あなたの人生に必要そうなもの、でしょうか。』
この人世代が違う気がする。てか結局よくわかんないし……あ、そうだ。最後に聞きたいんだけど
『なんでしょ?』
なんで私なの?私以外にも人生悩んでる人とかいるだろうし、それこそ友達いない人だっているでしょ。私はいるけど。
『だってあなた、死に場所探すような顔してるんですもん』
私はそこで思考が止まった。死に場所…?そんな顔をしてただろうか。つい私は顔を触ったり、ケータイを取り出しそれを鏡代わりに顔を見てみたりした。
『自分はここでは生きづらい。こんなとこで生きてる意味はあるの?私はなんで生きてるんだろう、とか思ったことありません?』
ないと言えば嘘になる。最近はなりを潜めてるけど、昔は確かに自分の生きる意味を探し、挫折し、結果命を絶とうと考えた事もあった。けれど今?そんな気分になんてなったことは……
『こんな瞳をしてるのにですか?』
文字の横に、水彩画のようなタッチで描かれた一対の瞳が現れた。黒い、黒い、ただ黒い。写すものすべてを嫌悪、憎悪するかのようなそんな黒さが宿ってる……これは私の瞳。わかってしまった。そんな瞳の奥には、
『あなた、あきらめてますね?生きることを。殺そうとしてますね?己を』
……これには反論できない。すべてこの紙の言う通りなんだろう。私は、死に場所を求めているのだろうか。この性格だからだろうか?こんな感覚を持っていたからだろうか?私の紙を持つ手にはいつの間にか、震えが起きていた。
『落ち着いてください。それはこれから探しに行くのです。言ったでしょう?私はあなたの人生を豊かにするためにいるのです』
憎たらしいほど落ち着いているその文面は、少しだけ微笑んでいるように見えた。
『さて、紙面での質疑応答はこの辺にしましょう。さ、あなたがこの講義を受ける気があるのなら……扉を開けなさい』
文面に導かれるように、すぐ隣の扉からガチャッ、と鍵の開く音が聞こえた。私は目を閉じて、考える。時間は一秒には満たなかった。
「……行こうか。どうせやることもないんだし」
そう呟く。さっきまでとは違い、瞳に一つの思いを宿して。
ギイィィィィ……
「いらっしゃい、友達いないさん。歓迎しますよ……ようこそ、幻想学へ」
初めましての方が大半ですが、そうでない方はご無沙汰しております。黒花です。
前、進めていたものをリテイクしてる最中ですが、同時並行で思い浮かんでしまったこちらも投稿することとなりました。
初めての人間模様を描く小説ということで、不慣れではありますが暖かく見守っていただけると嬉しいです。
次の投稿日は5/27または5/31を予定しています
※11/17 訂正をしました




