十話
クーラの町、噴水広場
朝の九時頃、眠る明日奈を起こす気には慣れず静かに部屋から出て、町中に出た愛理は噴水広場の噴水の縁に座り、朝の町の様子を眺めていた、綺麗な風景を見るのが好きな愛理の尻尾は朝日に照らされる美しいクーラの町を見て、機嫌良さそうに揺れている。
「あら、愛理」
油断して三本の尻尾のうち一本を噴水の中に突っ込んでしまい慌ててブルルと振って乾かしていると、ラフォリアが目の前の通りをこちらに歩いて来て声を掛けて来た。
「よっ!ラフォリア」
愛理は濡れた尻尾を乾かすために振りながら、近付いてくるラフォリアに声を掛け返す。
「おはようございます、尻尾、濡らしちゃったのですか?」
「うん」
「私も拭きましょうか?その方が早いですよ?」
愛理の尻尾はたっぷりとしたフワフワした毛に包まれており乾かすのは大変そうだ、その為ラフォリアは、乾かすのを手伝おうかと愛理に提案する。
「折角気を使ってくれた所悪いけど、気持ちだけ貰っておくね?、ありがとう」
妖狐の女性は本能的に尻尾を大切にし、他人に尻尾を触られるのを嫌がる、愛理もその例に漏れず他人に尻尾を触られるのは嫌だ、だからラフォリアに気を使ってくれた事に感謝しつつ断った。
「分かりました」
愛理の返答を聞いて少し残念そうな顔をしたラフォリアは愛理の隣に座る。
「綺麗ですね、ここからの風景」
「だね」
自分と同じ感想を持ったラフォリアの言葉に愛理は頷く。
「・・・そ、その、そのですね、愛理、私といっしょ・・・」
急に顔を赤くしたラフォリアが言葉に詰まりながら、何かを言いかけた時、突如爆発音が町に響いた。
「何!?」
愛理はラフォリアが言いかけた言葉が気になりつつも、爆発音がした方向を見る。
「家が・・・」
爆発音がした方向を見ると、家が大きく崩れ燃えている、瓦礫の中にはまだ動いている、人の手が見えた。
「ッ!」
その手を見たラフォリアは、燃え盛る家に向けて走る、愛理もその後を追う。
「待っていて下さい!必ず助けます!」
「私も手伝う!、来て!イフリート!」
ラフォリアは炎に焼かれつつも瓦礫を退けて行く、愛理もラフォリアに手を貸し瓦礫を退けつつ、イフリートを召喚する。
「イフリート!手伝って!」
愛理は召喚されたイフリートに瓦礫の除去の協力を求める、イフリートは主人の言葉に頷き瓦礫を退けて行く。
「あっ・・・うっ・・・」
イフリートの協力により一分以内に瓦礫の下に埋まった人物を助け出す事が出来た、愛理とラフォリアは彼の体を支え噴水広場に連れて行く。
「大丈夫ですか!?あの家に他の人は?」
「だ、大丈夫、それとあの家には俺しかいない、ありがとう」
助けた彼の言葉によると他の人物は埋まっていないらしい、その言葉を聞いた愛理とラフォリアは一先ず安心する。
「それにしても誰がこんな事を・・・」
人が死んでしまうかもしれないいきなりの攻撃に憤るラフォリアは、この攻撃を行った者は誰かと口にした。
「多分、アレだよ、ラフォリア」
師である白花から治療の陰陽術を教わっていた愛理は彼の治療を行いつつ、空を指差す。
「飛空艇、それにあのマークは黒の空賊団・・・」
愛理が指差した先を見たラフォリアは、空に浮かぶ飛空艇の船体に描かれたマークを見て、黒の空賊団と、口にした。
「黒の空賊団?何それ?」
まだこの世界に余り詳しくない愛理は、ラフォリアに黒の空賊団について聞く。
「この世界最強と言われている、空賊団です」
ラフォリアは簡単に黒の空賊団について説明した。
「く、空賊団って何?盗賊みたいなもの?」
空賊団は知らないが、盗賊なら知っている愛理は、同じような集団かとラフォリアに聞く。
「はい、そのような者達です、そして彼等は邪魔をする者には容赦が無い、恐らくはここも戦場になります、そうなる前に彼を安全な所へ連れて行きましょう」
一瞬、黒の空賊団に対して憎々しげな表情を見せたラフォリアだが、すぐに視線を逸らすと愛理に、今助けた彼を安全な場所へ連れて行こうと提案する。
「分かった、それならギルドが良いと思う」
「はい」
愛理とラフォリアは彼を支えながらギルドに向かった、イフリートも三人を飛空艇の攻撃から守る用に彼女らの後ろにピッタリと張り付き、三人に着いて行く。
クーラの町、冒険者ギルド
冒険者ギルドは混乱していた、それもそのはず、いきなりの攻撃で、ここに居る者達は大体が初心者冒険者だ、まだまだ経験不足な彼等が怯えてしまうのは無理もない。
「お兄さん、お願い、この人を治療して、私じゃこれ以上はどうにもならない」
愛理は冒険者ギルドの治療室に彼を連れて行き、更に高度な治療をしてくれと頼む。
「分かりました、後は任せてくれ」
愛理に彼の治療を頼まれた治療室の医師は、愛理の言葉に頷いた、これで彼は一先ずは安心だ。
「さてと、ここからどうするかだよね、ラフォリア」
「はい、この様子じゃ、ここに居る彼等は戦力になりません」
既に黒の空賊団に怯えている彼等は戦力になる筈もない、その為この町で戦えるのは愛理とラフォリア、そしてこの町の駐留兵、そして・・・。
「私達と、軍の兵士達でやるしかないでしょうね」
今、愛理とラフォリアの目の前に現れた明日奈だ。
「お婆ちゃん!」
愛理は来てくれた明日奈を見て嬉しくなり抱き着く。
「ふふふ、よしよし」
明日奈は抱き着いてきた愛理の頭を優しい表情で撫でるが、すぐに厳しい表情を見せる。
「愛理、あの飛空挺に乗ってる奴等と戦うのなら、人と人の戦いになるわ、あなたに人を斬る覚悟はある?」
明日奈は師として愛理に問い掛ける、お前に人を斬る覚悟はあるかと、何故それを聞くのか、それは戦場で人を斬れない者はただの足手まといとなり、最終的には死が待っているからだ、だから歴戦の勇者である明日奈は愛理に覚悟を問う。
「・・・私は」
愛理は考える、自分が人を、斬る、と言う事を、考えた結果。
「誰かを守る為なら、出来ると思う・・・、でも命を奪う事は出来ない、だってそれはしちゃいけない事だから」
愛理は明日奈に戦い方を学ぶうちにいつしか人を斬る覚悟はしていた、しかし殺す覚悟は無い、その罪を背負う覚悟が愛理にはまだ、無い。
今回の守る対象は明日奈とラフォリア、そして町の人々となるだろう、人々を守る為なら人を斬る覚悟を持つ事が出来る。
「それで良いのよ愛理、人を殺す覚悟を持ってる奴は強くなんか無い、人を守る為に自分が傷付く覚悟を持てる奴が強いの、だからあなたは強いのよ、愛理」(私なんかよりもね)
明日奈は、愛理の頬に優しく触れる。
「うん」
愛理は頬に触れる明日奈の手に触れ、自分と同じその青い瞳を自身の青い瞳で見つめ返した。




