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醜い悪魔の子  作者: トントン拍子
白い世界と醜い悪魔
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真っ白な世界5

気づけば僕は、また真っ白な世界にいた。いや、正確に言うと完全に真っ白ではなく、赤い色が混ざっている。それが自分の体から流れる血だと、ダフトは理解していた。なぜなら、この世界に存在して初めて耐え難い痛みを感じているからだ。


ここは、どこだ?


見渡す限り真っ白な空間だった。だが、本当は真っ白な空間ではない。ちゃんと空もあるし、雪も降っている。それがわからないのは、ダフト自身が痛みに我を忘れ、雪の積もった世界をただなんとなく歩いているだけだからだ。


歩んできた道のりは、流れる血で赤く染まっていた。だがダフトは振り返らない。


冥界の槍でダフトを貫いたキグナスは、そのままダフトを家の外に放り投げた。そして窓を閉め、完全にダフトを館から追放したのだ。


ダフトはしばらく雪の中うずくまり、そのまま死ぬまで倒れておこうと思った。だが貫かれた腹の痛みはますます激しさを増すばかりなのに、意識は遠のくばかりか鮮明になっていき、考えられないことまで考え出すようになっていく。


さっき兄のキグナスに殺されかけた時は、生きていることに疲れを感じ、このまま死ぬこともいいかもしれないと思った。


だが、こうして体を貫かれ、激しい痛みに苦しみ、これまでの行き道を振り替えると、痛みと共に虚しさが込み上げてくる。


自分は、何もしていない。

この世に生を受け、悪魔として今まで生きてきたが、何一つとして僕はこの世に自分が生きたという証を残せていない。


誰かが言った。この世に生を受けた者は、必ず何か意味があって生まれてきたのだと。

誰かが言った。この世に生きとし生ける万物は、何かを成し遂げるために生まれてきたのであり、死ぬために生まれてきたのではないと。


まるで知らない言葉だか、何故かダフトの頭のなかに語りかけてくる。


さっきの囁きが諦めを促すものだったのに対して、今の囁きは悔しさを思い出させるものだった。


誰にも愛されたことがないまま死ぬ悔しさ。誤解されたまま死ぬ悔しさ。何も出来ない自分への悔しさ。


それらが重なり、やがてダフトは一つの答えを出した。


(何も出来ないのなら、せめて生きてやろう。誰に笑われようと謗られようと、みっともなくても足掻いて生きてやろう)


そしてその答えが、うずくまり力が抜けた体を再び起こし、雪の中を血を流しながら歩く力を与えた。


ダフトの歩く道には、赤い血の道しるべが落ちていく。


もしキグナスが再び窓を開け、ダフトの死体がないことを知ったら再び殺すために探しに来ることだろう。そしてその時は、赤い血の道しるべをたどり、完全に息の根を止めにくるだろう。


なぜだろう。生きても仕方がないのに生きたいと願う。


それは、死にたい理由と生きたい理由が一緒だから。

正確には、理由を見る視点の違いによって変わると言えよう。


悪魔は、悔しさという視点を手に入れ、生きる道を選択した。


自分が醜い、たったそれだけの理由でここまでの仕打ちを受けた。それはどうしても納得できない。ならば、納得できるまで、意地でも生きてやる。答えを見つけるまで、探し出してやる。


そんな決意を胸に宿しながら。


幸い、この体はこれほどの痛みを受けてなお動いてくれるようだ。むしろ、冥界の槍の痛みの根源が、この世の無念と恨みだというのならば、逆にこちらがその力を喰らい尽くしてやる。


そのような感情を原動力に、ダフトはさまよい続けた。帰る場所はない。ならば、自分があるべき場所に向かうべきだ。


そう思うダフトの足は、方角など分かっていないが、自然とある場所へと向かっていた。そう、安らぎを求めるために通い続けた、豊穣の森。


痛みを糧に、答えを求めて、ダフトは雪の中を延々と歩き続けた。


大雪の中を、一体どれくらい歩き続けただろう。いくら自分が悪魔とは言え、冥界の槍によって深手を負っている状態の中、さらに大雪で視界、足元も不自由になり、それでもなお足掻き続けて、ようやく見覚えのある老木がチラリチラリと見え始めてきた。


「ついに、たどり着いた」


思わずそんな言葉を口にしてしまう。実際に悪魔の住む街から豊穣の森の入口までは1km程度の道のりだが、豊穣の森の入口から神木と呼ばれる木までは、およそ5kmもある。それだけ広い森を、雪が積もって一直線とは言え、足元の悪い中ここまで来たのだ。素直に驚くところだろう。


しかしまあ、よく生きていたものだ。そんなことを思いながら力を振り絞り、ついに神木の前まで来た。


その神木は、雪の中でありながらいつもと変わらない姿で立っていた。雪で根元から幹の一部が見えないが、それでも立派に立っていた。


「ああ、神木よ、お前は立派だな」


目的の場所にたどり着いた安心感からか、急に今までの痛みや疲れが出たようだ。その場に崩れ込む。起き上がろうとするが、血が流れすぎている。今にも意識が飛びそうだ。


だが、そんな中にあっても、神木はダフトの目の前に、変わらずに、悠然と立っている。


「なあ神木よ、お前はなぜそんなに強いのだ」


それは、純粋に思い浮かんだ疑問であった。雪の中をただ一本の気が悠然と立っている。周りに何もないのにそれでも凛と立っている。それが今のダフトには、「強さ」というふうに思えたのだ。


そしてその言葉を最後に、ダフトの体は宙に浮いたように軽くなった。ダフトは、これが「死」だと直感した。


ああ、クソ野郎。この場所にたどり着けたのに、結局最後はこれかよ。

薄れゆく意識のなかで、ダフトは思った。こうなってしまっては、今世は諦めるしかない。そう思った。


そして長い長い時の中、落ちていく感覚に身を任せるときに、ダフトはこう願った。


「次に生を受けるときは、愛の意味を教えてくれる場所がいい」


その願いを口にした直後、ダフトの体は強い衝撃に襲われ、完全に意識を失った。


落ちた場所が天国なのか、地獄なのか、はたまた別の場所なのか、今のダフトにはわからなかった。

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