真っ白な世界4
「ですが、父上はさっき自室で血を流しておられて」
そう言おうとした自分の口を思わず抑える。何も知らない兄たちにそんなことを言ったところで、信じてもらえるわけがない。
仮に信じてもらえたところで、そのときは自分が犯人扱いされるだけだ。それにいくら自分が非力だとは言え、父マグナスのしたいを見た後に真っ先に疑われるのは、アリバイのない僕だろう。
そこまで考えると、僕自然と口を手で押さえてしまう。
その様子をおかしく思ったのか、姉のイザベラが再び怪訝そうな目でこちらを見てくる。そして、何かに気づいたのか、不気味な目でkこちらを見つめてきた。その視線は、ダフトの腕を見ていた。
「あんた、服についているその赤いの、何?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は激しく後悔した。マグナスの死体を見て、冷静さを失った自分を激しく責め立てた。だが仕方がない。あの時の僕は、兄弟や母親が生きているかどうかさえわからなかったのだから。
必死に言葉を探すが、うまい言い訳が見つからない。そうしてもごもごしているうちに、姉のイザベラが再び口を開いた。
「あんた、怪我してないよね。その服についている血は、一体だれの血?」
僕は再び返答に詰まった。この流れはまずい。完全に後手に回っている。
明らかに異常なこの事態と、末っ子の挙動不審さから、これ以上は時間の無駄だと判断したのか、イザベラはダフトとキグナスの間を通り抜け、マグナスの部屋へと向かっていった。
キグナスはイザベラが通り抜けたあと、舌打ちしてダフトの横を通り抜ける。セレスもそれに続いた。
そして3人は見た。部屋の中で、血を流し死んでいる父の姿を。
「きゃあああああああああああああああああ」
一番最初に悲鳴を上げたのはイザベラだった。それに引き続きセレスも悲鳴を上げる。キグナスはというと額にたまのような汗をうかべながらガクガクと震えている。
「だ、誰だ。いったい誰が父上を殺したあああああああ」
狂気のような叫び声。当然だ。ここにいる誰もが、父の力を知っている。その父が、血を流して死んでいるのだ。突然そんな現実を突きつけられて、はいそうですかと受け止められるはずがない。
しばらくの間、3人は叫び続けた。そして、ダストはそれを黙って見つめていることしかできなかった。
父マグナスの死体を見て狂い叫んでいる家族を見て、ダフトは一つの感情に縛られていた。
その目で見えるのは色のついた偽りの世界ではない。心の目で見た、真っ白な世界。でもなぜだろう?どこか違和感がある。
ダフトは直ぐにその違和感に気づいた。
ああ、そうか、真っ白な世界に、少しだけ赤い色が混じってる。
それがマグナスの死体から流れる血なのだと、この時のダフトには理解できないことだった。ちょっと前まで正常だったダフトが、狂った家族を見た瞬間になにかのスイッチが入り、この状態に陥ったのだ。
あは、真っ白な世界に新しい色ができた。赤い色だ。この色で、この何もない世界を面白くしてやろう。
そう思って目の前にある新鮮な赤色に手を伸ばす。しかし、その手が赤色に触れることはなかった。
バシン、という衝撃音とともに、ダフトは真っ白な世界の夢から覚める。
「てめぇ、一体何のつもりだ」
「??、アレ、僕は一体何を……」
どうやらキグナスがダフトの頬をひっぱたいたらしい。いつの間にかダフトはマグナスの死体の目の前まで迫っており、その手は今もなお流れる血液に触れようとしていた。
「父親殺しの犯人はお前か。どうりでさっきは焦っていたわけだ」
ー違う、ボクはやっていない
そう、叫ぼうとした。しかし、声が出なかった。
多分、それは単純な恐怖心から起こった事態なのかもしれない。なぜなら僕を睨みつけているキグナスの目は、完全なる殺意だけが宿っていたからだ。
弁明せねばならない。いや、そうしなければならないのだ。しかしその考えと裏腹に、別の感情がダフトの心を支配する。
(弁明する?どうやって?自分にはアリバイがないのに、どうやって無実を証明する?)
ー違う、考えればすぐわかる。僕に父親を殺せる力なんてない!!
「どうやって父上を殺したのかは知らないが、おおかた寝込みでも襲ったんだろ?」
キグナスがこちらに近づいてくる。見れば手には禍々しいオーラを放つ槍が握られている。キグナスの宝具アーティファクトである冥界の槍だ。これに貫かれたものは、冥界の審判により、この世の恨みと無念を力の根源として、苦しみを味わい続けるらしい。
通常、アーティファクトは力の消費が激しいため、よほどのことがない限りは使用されることはない。つまり、今のキグナスの殺意は本気中の本気と言える。
しかし、そんな状態の中にあっても尚、ダフトの頭の中に別の声が入ってくる。
(もういいだろ?誰もお前のことなんて信じてくれやしないんだ)
ーそんなことはない!話せばちゃんとわかってくれる。
(何をそんなに必死になっているんだ?この世界にお前の理解者でもいるのかい?)
ーそれは……
一瞬セレスの顔を見た。ちらりと目があったが、セレスの方がすぐに目をそらしてしまう。
(ほらみろ。この世界にお前の理解者なんていないんだ。ここで弁明して生きる可能性にかけるよりも、死んで楽になったほうがいいだろ?)
ー……
まるで悪魔の囁きだった。いや、自分は悪魔なのだが、それとは別に、自分の中にもうひとりの自分、それも限りなく暗い感情を持った何かが、潜んでいるみたいな感覚だった。
この世界で生きていても意味がない。そう思ったダフトは、不思議と恐怖心を捨てることができ、まっすぐに、キグナスと向き合った。
「覚悟は出来ているみたいだな。じゃあ、死ねや!!!!!」
そしてダフトの体を、冥界の槍が深々と貫いた。