真っ白な世界3
そして次の日、事件は起こった。
僕は寒さに身震いし、目が覚めた。それが第一の異変。
この部屋には暖炉があるはずなのに、火を消してから時間がたっていたとしても、この寒さは異常だ。
寝起きでぼんやりしている頭を無理やりたたき起こしながら、僕は部屋の外へと向かう。
そして、窓の外の景色を見て第二の異変に気付く。
「・・な、・・な・・」
なんだこれは!!?後の言葉は言葉にならなかった。
たしかここは3階のはずだ。なのに、窓から見える景色は、そのすぐ下まで雪が降り積もっている。
そして、それだけの雪を積もらせてもなお、雪は勢いを弱めることなく振り続けている。
僕は慌てて外に出た。
雪はすぐそこまで積もっていたので、窓から飛び出て街の様子を見れる。そこで僕は再び絶句した。
異常に積もった雪が、街のありとあらゆる家が埋め尽くしていたのだ。
ふと僕は昨日見た真っ白な世界を思い浮かべる。
色も形もない世界。ただ真っ白な空間で覆われた世界。
ただひとつ違うのは、肌に身を切るような寒さ、つまり温度という概念が存在することだった。
このまま雪が降り続ければ、間違いなくこの館も雪で埋まり、文字通り真っ白な世界となってしまうだろう。
僕は慌てて館の方へ振り向き、父親のマグナスのもとへ向かおうとした。
その時、頭のなかに一つの疑問が浮かんだ。
(報告する?何を?どうにかなるのは分かっている。だがちょっと待てよ)
少し冷静になってきたダフトは、落ち着いて考えを張り巡らさせた。
マグナスは仮にもこの悪魔の街の領主である。
つまりは上級悪魔だ。当然、こんな自然災害に発展する前に自らの力を使い雪を溶かすことだってできる。
普段それをせず領民に(と僕に)雪かきなどの労働をさせるのは、領民に領主の力や自分自身の悪魔の力に依存することなく暮らす術を身につけるためだ。(当然僕はただの奴隷扱いなのだが)
だが、こんな事態になる前に、領民は自分で自分の身を守るだろうし、何よりマグナスが領民の危機をほっておくわけがない。
つまり、マグナスやそのほかの領民がいるのにこんな事態になっていること自体がおかしいのだ。
嫌な予感をぬぐいきれず、僕は急いで館の中に戻っていった。
マグナスの部屋は3階にある。
つまりまだ雪には埋もれていないはずだ。
ほかの3人の部屋は2階にあるが、知ったことではない。
自分の身くらい自分で守れる悪魔たちだ。僕と違って。
寒い廊下を駆け回り、マグナスのいる部屋へと急ぐ。扉が見えた。あそこを開ければ、父がいるはずだ。
バンッ扉を勢いよく開け、父を呼ぶ。
「父上!!!」
だがそこにダフトの知る父親の姿はなかった。
ぼくが部屋に入って最初に見たもの。それは椅子に座り、だらしなく足を伸ばして虚空を見つめるマグナスだった。
その体には、大量の血液が流れていた。
「あ、ああ・・」
言葉も出なかった。僕は父のその姿を見たとき、思わず足を引いてしまった。
父が、マグナスが死んでいる?嘘だ、ありえない。
マグナスはこの町の領主で、この街では一番の力を誇る有力な悪魔なのだ。
この街にいる誰よりも強い、ゆえにだれもマグナスを殺せないはずだ。
恐怖を押し込み。手首に触れて脈を確認してみる。……脈はない。
次に呼吸を確認してみる。……息もしていない。
最後に顔をじっと覗き込む。かつての父だったあのマグナスの生気に満ちた瞳はもうそこにはない。
輝きを失っていた。つまりは、完全に死んでいる。
「誰が、こんなことを・・」
つぶやいてみたが、当然答えは帰ってこない。
なぜならいまこの部屋に、ダフト以外の生きている悪魔はいないからだ。
それに、仮にどこからか答えが返ってきたとしても、それはダフトには理解しがたい答えだろう。
とにかく、マグナスは死んだ。これは紛れもない事実だった。
それを理解するとともに、ダフトは瞬時に別のことに考えを移す。
母親であるセレスと、兄弟であるキグナス、イザベラのことだ。
その3人は今現在2階にいるはず。普通に考えれば、雪にうもれた状態のはずだ。
当然、あの3人がその程度のことで命を落とすなどあるはずがないのだが、今目の前にいる父の死体を見ると、どうしても不安が頭をよぎってしまう。
とにかく、一刻を争う自体である。余計なことは考えずにすぐに部屋を出て2階へ向かう。
階段はそこの曲がり角を曲がった先だ。
ダフトは階段までなりふり構わずダッシュした。そして曲がり角を曲がる。
すると突然前方から強い衝撃が襲ってきた。
反動に耐えきれず、尻餅をついてしまう。
「いてててて・・・」
この非常事態に何事かとすぐに上を向いた。
そこにいたのは寝ぼけた顔のキグナスと、朝から嫌なものを見たという感じのイザベラ、そして驚いた表情のセレスだった。
知った顔を確認して、ダフトは少し安心した。
どうやら僕がぶつかったのは先頭にいたキグナスのようだ。寝ぼけていてイマイチ状況が読み込めていない感じだったが、僕の顔を見るなりすぐに怪訝そうな顔をした。
「おい、なんだダスト。てめえ俺様にぶつかっておいて謝罪の一つもないとはどういう了見だ?」
思いっきりドスの効いた声で睨みつけられる。しかし、僕はその表情を見せられても、恐怖を感じなかった。
むしろ、今まで感じていた恐怖や焦りが吹き飛び、安堵した表情になっているのだ。それがイザベラの目に入り、怪訝そうな顔で言われる。
「あんた本当に何様のつもり?キグナスが優しく言ってくれるうちに誤っといたほうがいいと思うけど?」
その言葉にちょっと苛立ちを覚えたが、すぐにそんな状況ではないと思い返す。
出来る限り相手を怒らせないように言葉を選びながら発言する。
「ごめんなさいキグナスお兄様。しかし、見てご覧のとおり、外に積もる雪の異常なこと。ダストは不安になり、一刻も早くお兄さま方へこのことをお伝えせねば、と思った次第です」
「はあ?馬鹿かお前は?父上の力を知らないわけではあるまい。この程度の問題なら、父上の力一つでなんとかなるのを、お前だって知っているだろう?」