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醜い悪魔の子  作者: トントン拍子
白い世界と醜い悪魔
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真っ白な世界2

「・・今日は雪が強いから、暖炉のないこの部屋に居たら寒いでしょ。今日だけ特別に、みんなと同じ部屋でいることを許すと、あの人が言っていたわ」


あの人。セレスの言うあの人とはマグナスのことだ。

先程も階段ですれ違ったが、この町の領主でありこの家の大黒柱、そしてセレスの夫である存在。

髪はクリアブラウンで、オールバックにしている。ヒゲもきちっと整えられており、いかにも紳士と言う格好の男である。

街のものはみんな、紳士淑女の理想的な夫婦だと噂している。


だがしかし、そんな紳士淑女の家庭に生まれた末っ子の僕が、顔に赤いただれを広げさせ髪もグシャグシャでまとまらない醜い子供であれば、誰だって血を疑いもするだろう。

実際、この母親以外は僕のことを完全に部外者扱いにしている。

僕がこの屋敷に暮らせて、衣食住に不自由なく暮らせるのは、ひとえにこの母親の慈悲の心によるものである。


だが、僕にとってはそれだけだ。

その慈悲の心でただ生かされているだけの僕にとっては、そんなことは心の支えではなく、ただの足かせだったのだ。


実際、街中のみんなに僕は嫌われている。

それは父親であるマグナスの公認のもとに行われているものであり、母親のセレスはそれに対してただの一度も抗議をしたことがない。

あちらは今もこうやって我が子の境遇を哀れ悲しむよう目線を送ってくるが、そんな目線を送ってくる彼女を、僕はただの一度も信用したことがない。


だが、無慈悲な父親にも、哀れな子供を気遣う精神があったとは驚いた。

今宵の申し出は僕にとっても少し嬉しいものだ。なぜなら、暖炉のない屋根裏部屋の寒さは、身にしみるほど寒い。

孤独という空間は、それをさらに辛いものにさせる。


「・・わかった。少し待ってて。すぐに下に行くから」

「そう、分かったわ。後でちゃんと降りてきてね」


あまりにそっけない返事。やっぱり、血が繋がっているのかどうかさえ疑わしい。


とりあえず僕はこの散乱している部屋を片付け、下の暖炉がある部屋へと降りていく。

僕が扉を開けると、すでにほかの四人は部屋に集まっていた。


「よう、久しぶりだなダスト。相変わらず醜い顔をしてんな」

「言ってやるなよ。コイツはそのせいで街のやつらに嫌われてるんだから」


部屋に入ってすぐに嫌みを言ってきた、このふたりは僕の兄と姉だ。

兄のキグナス。父親譲りの髪とスタイルのいい長身で、俗に言うイケメンというやつだ。

マグナスとは違い、髪は下ろしている。


姉のイザベラは母親よりの髪の色だが、ストレートヘアーのセレスとは違い、少し天然のパーマがかかっている。

髪の長さはセミロング。母親と似つかぬところは、その色気の多さゆえに、悪魔よりも淫魔と呼ぶほうがふさわしい風体をしているところである。


はあ、と、僕はみんなに気づかれないように小さなため息をする。

……大丈夫だ、兄と姉の笑い声で、僕のため息はかき消されている。

椅子に腰かけ、紅茶をすする。少し体がポカポカしてきた。

少し周りを見渡してみた。5人家族にしては広すぎる食堂だ。

暖炉には火がついてる。確かに屋根裏部屋と比べたら温かい空間だ。素敵なことに家族全員が一つの部屋に集まっている。


しかし、それがなんだというのだ?僕にとっては、僕以外いないも同義だ。

嫌味を発してきた二人も、さっきの一言だけで満足したのか、それから僕がいないかのように振る舞い続ける。

父も、ちょっかいを出したふたりを一瞬睨みはしたが、すぐにテーブルの紅茶をすすりながら今朝の新聞に目を移した。


母に至っては、この部屋にマグナスがいるからだろう、僕の方を出来るだけ見ないようにしているのが分かる。


そして僕は自分の立場を認識する。この家に、僕は必要ないのだと。

この世界は、見事なまでに真っ白だ。

動くもの、止まっているもの。かたちあるものそうでないもの。わかるのは物と物の境界線だけ。


そうだ、場所が変わったって、僕の現実は何も変わりはしない。

この世界は全て、真っ白な世界なんだ。

色も、温度も、形も、何もない。目に見えるものは全てまやかし。

なんのことはない。僕にとってこの世界はなにもないのと一緒。

今生きている世界には何もない、退屈でつまんない世界だと認識する。


そう思った瞬間、ここにいることが窮屈に思えてきた。

何もない真っ白な空間。だが僕以外のものが蠢いている。

そして、僕以外の誰かが見ている世界には、きっと独特の色が存在するのだろう。


それは真っ白な世界しか見えない僕にとって、何よりも耐え難いものだ。

自分に持っていないものを持っている。それは醜い嫉妬の心を生み出す。


ああ、この部屋に居たくない。早くあの部屋に、孤独な空間に帰りたい。


だが、あの寒い屋根裏部屋に帰ることも気が引ける。

それはさっきも言ったとおり、孤独と寒さの両方が襲いかかるあの部屋にいることは悪魔の僕でも辛いのだ。

ここなら少なくとも、寝るだけであれば多少の安らぎは得られる。


そう思った僕は仕方なく、この広い食堂の部屋の隅っこに、自室から持ってきた毛布をかぶり、静かに眠ることにした。

なに、こんなところで寝てたって、だれも文句は言うまい。

だって僕は誰の目からも邪魔な存在。隅で寝ている僕をわざわざ起こして注意しようなんてやつは、少なくともこの家にはいないだろう。


そうして、僕はほとんど何も考えることなく久しぶりに暖かい部屋での少し快適な睡眠タイムに入ったのだ。

そして多分、ぼくが寝たことなど気付かずに、僕の家族はしばらく経ってからこの部屋を出ていった。


きっと、今日みたいな荒れた天気の夜は、さっさと寝たほうがいいと判断したのだろう。きっとそれは間違いではなかった。


だが、全員が床につき、安らかな眠りについても、荒れ狂う雪はやまなかった。

雪で覆われていく真っ白な世界は、皆が寝静まっている間にも、その範囲を着々と広げていく。

まるで、僕が見た景色を、再現しようとするみたいに。

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