真っ白な世界1
季節は冬。雪が降り積もるこの季節、僕は街の雪かきに駆り出されていた。
「おいダスト。そこが終わったら次はこっちだぞ」
僕の名前はダフトなのだが、家族含め周りのみんなは僕のことをダストと呼ぶ。直訳して「ゴミ」だそうだ。
確かに僕にはおあつらえ向きのあだ名なのかもしれない。
実際、みんなには容姿が醜いということで嫌われているが、こういう雑務は頻繁に押し付けてくるのだ。
そのくせ仕事を終えても感謝の言葉の一つもなく、むしろやって当然だと言わんばかりに次の仕事を押し付けてくる。
そして僕がないを言おうとも、ほかの悪魔たちが耳を傾けることはない。
そう、僕はみんなにとってゴミのような存在なのだ。
そんなことを思っていると、また雪が降り始めてきた。それも結構な量だ。
「あーあ、せっかく雪かきしたのに」
冬は、嫌いだ。寒いし、暗いし、惨めになる。
今だって一生懸命雪かきをしていたのに、それをあざ笑うかのように雪が積もり始めた。
かいたそばから降り積もり、僕の努力をかき消していく。
いつの間にか街の中は静まり返っていた。雪が降ってきたので、慌てて家の中に入っていったのだろう。
「・・僕も家に帰ろうかな」
これ以上は雪かきをしても無駄だ。そのくらい誰だってわかるだろう。僕はスコップを放り投げ、先程まで雪かきをしていた道を通り家に帰る。 虚しさがこみ上がってくる。
「ただいま・・」
返事を返す家族は誰もいないが、一応挨拶はする。ここが僕の住む場所だ。
嫌われ者の僕には到底不向きな、立派な住まい。
ここはこの悪魔の住む街を治める領主の家である。
僕はこの家の末っ子として生まれた。家族構成は僕を含めて5人である。
領主であり街のみんなに慕われている父のマグナス。
容姿端麗で家事は万能の母親セレス。
長男でありいずれこの町の領主を次ぐことが決まっているキグナス。
母親と同じく美しさを引き継いだ長女のイザベラ。
そして最後に、醜くて嫌われ者の僕、ダフトだ。
領主の家だが、別に使用人を抱えたりはしていない。
人間と違い、悪魔は悪魔をめしつかえたりしないのだ。もちろん、嫌われ者の僕は別で、普通にこきつかわれる。
「はあ」
と、溜息をつき、僕は階段を駆け上がっていく。
屋根裏の小さな3畳間の一室が僕の部屋だ。
狭いと思うかもしれないが、タンスなどの家具は置いてないし、服と布団が無造作に置かれているだけの部屋なので、案外なんとかなったりするのだ。
階段を上がる際、父のマグナスとすれ違う。
一瞬、こちらを軽蔑するような、哀れむような視線を向けてきたが、すぐに目をそらした。まあ、いつものことである。
僕は自室までゆっくり上がった。
部屋のドアを開けた瞬間に僕は目の前の布団にダイブした。
しばらくうつぶせのまま時間を過ごす。
悪魔にとって肉体労働などさして疲れるものではなく、実際朝から付き合わされた雪かきも大変な仕事ではなかったりする。
だが今この体は、自分の体ではないかのように重い。まるで鉛にでもなった気分だった。
理由はわかっている。精神的疲労だ。
雪かきをしている間、それ以外の時間も、基本的に一人で過ごしている。
ひとりでいると、考えたくないことも考えてしまい、余計な感情を張り巡らしてしまうのだ。それが僕の心を疲れさせている。
まだ昼間だというのに僕の心は夜のように暗かった。
ふと顔をあげると、すっかり冷めたのであろう、お盆の上に僕の昼食が用意されている。
不思議なことだ。僕が嫌いなら、飢え死にでもなんでもさせればいいのに、衣食住に関しては不自由させることがない。
なぜ僕を生かすのだろう?嫌いなら、不自由させればいいだけの話だ。
顔を見るだけで忌々しそうにするのなら、殺せばいいだけの話だ。それでことは済む。
ああ、ダメだな。どうしても無心にはなれない。余計なことを考えてしまう。
僕は目の前の食事を平らげ、ドアの外に置いた。そして、ひとつしかない窓から外を眺める。
先ほど降り始めた雪が、もう3cmほど積もってきている。今日は荒れるな、と思った。
だが、雪で覆われた真っ白な世界は、案外嫌いではない。
先ほどの冬が嫌いという言葉に矛盾しているが、真っ白で何もない世界というのは、僕の好きな世界である。
ひとりでいる空間。ただ静かで、ただ白い。
僕はしばらくこの真っ白い世界を見つめていた。
だんだん雪が強くなってきた。少しの不安が頭をよぎる。こういう時は、必ず何かが起こるのだ。
不安が頭を駆け巡る。だんだん雪は強くなり、外の景色を白で覆っていく。流石に今街を歩いている悪魔はいない。
家の門も、半分ほど雪でうもれている。雪の積もる早さがよくわかる。
いつの間にか空は暗くなり、窓の外には白と黒の世界が形成されていた。
コンッコンッ。不意に、ノックの音がした。
「ダフト、いるかしら?」
久しぶりに家族の声を聞いた。母親のセレスの声だ。
いつもこの部屋に閉じこもっているから、久しく忘れていた声、会話もしないので、久しく聞いた声だった。
「・・・いるよ、母さん」
少し間を置いてから、僕は返事をした。突然の母の訪問に、体は反応しても頭の整理が追いつかなかったのだ。
あちらからドアを開ける様子がなかったので、こちらからドアを開ける。
たっていたのは亜麻色の髪の毛を肩のあたりまで伸ばした女性であった。
顔立ちも整っている。体も太っていない。何より家族の中で唯一僕に対して蔑み意外の感情を見せてくれる母親。間違いなくセレス本人だった。