誓い
マリノは私を連れ出し、これまで入ったことのない部屋に案内してくる。
マリノがドアを開けていくと、衣装、メイク係のリルカがにこにこ笑って立っていた。
「ティア王妃殿下、こちらが陛下からの贈り物です!」
リルカが目隠しのカーテンを勢いよく開けると、思いもよらぬものが目に飛び込んできた。
品のある純白のドレスとグローブ、光輝くティアラ、美しい刺繍がされたヴェールが用意されていたのだ。
「これ……ウェディングドレス?」
私の問いかけにリルカはこくこくとうなずいて、嬉しそうに微笑む。
「はい、ティア王妃殿下には、このドレスを着ていただき、中庭の礼拝堂に向かっていただきます」
「陛下は、もう一度式を挙げるおつもりなの……?」
独り言のように呟いたけれど、リルカは返事をしようともせず、イスに強引に誘導してくる。
「とびっきり、お美しくいたしますからね」
リルカはキラキラした目で化粧箱を開き、されるがままの私を着せかえ人形にして楽しんできたのだった。
化粧を終えてドレスをまとい、真っ白なグローブに手を通す。
最後にリルカがティアラを載せてくれて、ほぅと小さく息をついてきた。
「お美しいです、とても」
「ええ。本当に」
すべての支度が終わると、二人はほぅとため息をついて、私の花嫁姿を褒めてくれる。
「ありがとう。でも、そんなに見ないで欲しいのだけれど」
穴が開きそうなほど二人が見てくるものだから、いたたまれなくなって視線を泳がせた。
「きっと、陛下も早くお美しいティア王妃殿下にお会いになりたいでしょうし、礼拝堂へ向かいましょう」
失礼いたしますとマリノは私のヴェールを下ろしてくれて、ドアを開けた。
中庭に出ると、いつの間にやら日暮れ時を迎えていたようで、あたりは一面紅茶色に包まれていた。
手入れされた美しい花々を横目に、マリノと二人礼拝堂を目指して歩き続ける。
陛下はどうしてもう一度結婚式をしようなんて思ったのかしら。
またウェディングドレスを着たい、なんてひとことも言っていないのに……
ぐるぐる考えを巡らせているうちに、私たちは中庭にある礼拝堂前に着いていた。
「王妃殿下をお連れしました」
扉を守る二人の近衛兵、ハロルドとオーウェンにマリノが声をかける。
「王妃殿下、お待ちしておりました。陛下は中にいらっしゃいますので、お進みください」
「それじゃあドア、開けますねぇ」
二人が木製の大きなドアを開くと、チャペルの奥に深紅の軍服……ノースランドでの婚礼衣装に身を包んだクライブが立っていた。
「ティア様、行ってらっしゃいませ」
マリノは私を『王妃殿下』ではなく、以前のように『様』づけで呼んできた。
そんなところまで、結婚式の日のようだ。
マリノと近衛兵二人は深々と礼をして、静かに扉を閉めていく。
礼拝堂の中は陛下と私の二人だけ。
貴族たちどころか、神父様さえいない。
高い位置にある窓からバージンロードに柔らかな夕陽の光が降り注ぎ、正面にある大きなステンドグラスがきらきらと神秘的に輝いている。
美しい礼拝堂の中で佇む陛下は神々しくて、人にあらざるもののようにすら見えた。
「ティア、こちらへ」
向こうにいる陛下がそっと手を差し出して、立ちつくす私を呼んでくる。
陛下はやはり、もう一度式を挙げるつもりのようだ。
エスコートもなく、ゆったりと一人でバージンロードを歩いていく。
数カ月前の結婚式では確か、貴族たちの視線にさらされて、これからの生活が不安で恐ろしかったっけ。
陛下は出会って早々、私に嫌味を放ってくるし、味方なんていないと思い込んでいた。
ノースランドが地獄のように見えていたし、夫を愛することはないと思っていた。
だけど――
ヴェールで白く霞む陛下と視線が重なったとたん、優しい顔で微笑まれ、どくんと鼓動が跳ねる。
――いまは、陛下もこの国もこんなにも愛おしくてしかたがない。
陛下のもとまでたどり着いて向かい合わせに立つと、陛下はどこか楽しそうに笑った。
「先ほど、意味がわからない、といった顔をしていたな」
「はい……陛下はこれから結婚式を挙げるおつもりなのですか?」
「ああ。俺たちがロゼッタから帰ってきたあの日、旧市街で結婚式を挙げている者たちがいただろう?」
「ええ。とても幸せそうないい式でした」
空は雲ひとつなく晴れ渡り、たくさんの拍手が鳴り響いて、新婚夫婦はもちろん、誰も彼もが笑顔で、幸せに包まれていた。
「あの日、お前があまりにも嬉しそうに見ていたものだから、もう一度結婚式を挙げさせてやりたいと思ったんだ」
嬉しい気持ちはもちろんあったけれど、陛下の言葉に首をかしげて考える。
同じ相手との結婚式は通常一度のみ。
もしかして、ノースランドには何度も式を挙げる習慣があるのかしらと疑問を口にする。
「ですが、一度ここで式を挙げたではありませんか。ノースランドでは、何度も同じ相手に結婚の誓いをしていいものなのですか……?」
「いや、ノースランドでもそのような習慣はない。だが、あの日俺たちは、正しく夫婦の誓いを宣言してはいないんだ。覚えていないだろうか?」
はっと息を吸い込んだ。あの頃のクライブは、ジョアンとの結婚を阻止するため私を嫁に迎えてきたわけで、私と一生をともにするつもりはなかった。
だからか、誓いのキスも周りから気づかれないように巧妙に手で口元を隠し、頬に口づけされていたのだ。
結婚式でのキスは、誓いの言葉を口づけで互いに封印し、守っていくという意味がある。
あの頃挙げた私たちの結婚式は、誓いを封じていないどころか、愛さえもなかった。
だけど、いまなら。
納得した私に陛下は正面を向くよう促してきて、陛下自身も前を向いて顔を上げた。
「神よ。俺はここに、いかなる時もティア・フローレスを愛し、守り抜くことを誓う」
「私も、いかなる時も陛下を……クライブ・イグニットを愛し、隣で支え続けることを誓います」
二人で高らかに宣言するけれど、ここには見張りの兵士や音楽隊、観衆どころかシスターや神父様さえもいない。
誓いの言葉だって、正確ではない。
それでも、あの時とは違って、いまの私たちには互いを想い合う心がある。
私たちは向き合って、陛下がヴェールをつまみ、そっと上げてくる。
遮るものがなくなって、愛しむような柔らかな笑顔がはっきりとよく見えた。
両肩に手が添えられ、互いの唇が重なる。
決して封印が解けることのないような、長い長いキス。
クライブが静かに離れていき、視線が重なると柔らかく目を細められた。
「さぁ、二人でアップルパイを食べよう。今夜は俺の部屋で茶を淹れてくれるか」
「もちろんです! とびっきりの茶葉を持っていきますね」
差し出された手をとり、一人で歩いてきたバージンロードを今度は二人で歩き出す。
また、クライブと、いつものように話せるようになってよかった。もうきっと、大丈夫。
安心して喜びに浸っていると、突然クライブが立ち止まった。
「どうされました……?」
「そうそう。わかっていないようだから言っておくが、今夜は逃がす気はないからな」
「――っ!」
魅惑的な微笑みに、どくんと鼓動が跳ねて縮こまる。
「あの、陛下、ええと、それって……」
「陛下じゃなく、クライブ。全部わかっているからそうやって距離をとろうとするんだろ?」
クライブは妖しげな笑みを浮かべ、たしなめるように言ってくる。
何もかもが、全部お見通し。クライブには、一生かかっても勝てる気がしない。
思わず苦笑いをすると、突然耳に顔を寄せられた。
「ずいぶん待たされたんだ。覚悟しておけよ」
耳元で低く甘く囁かれ、思わず吐息が漏れ出し、全身に甘い痺れがびりびりと走った。
どんなお菓子よりも甘くとろけるのはきっと、貴方との時間。
まだ恥ずかしさは消えなくても、繋いだ手の温もりに不安もほぐれて、胸が高鳴る。
いつも翻弄されてばかりでなんだか悔しかったけれど、こんな毎日も……悪くはないかも。
夕食後、私の作ったアップルパイを幸せそうに頬張るクライブの姿を見て、そんなことを思った。
これにて番外編も完結です。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました!!
案外真面目だったツンデレ王女との身分差にジレジレな『王女の更生も楽じゃない!』も改稿にとりかかり、少しずつ更新再開できたらいいなと思っていますので、よろしくお願いします!
(追記)
日間ランキング入りさせていただけたようです。
ブクマ、評価ありがとうございます!
とても励みになります!!




