グリント卿とダリル
謁見を済ませて人払いを終えると、ただでさえ広い謁見の間が異様なほどに大きく、広く見えた。
「それで、いったいどうした」
淡々とした声が静かに響き渡り、吸い込まれるように消えていく。
どうした、と言われましても。
『王の座を狙っているやつがいる』なんて、本人を目の前にして言うとなるとなかなか言いづらい。
口をもごつかせながら手元を所在なげにいじり、うまい言葉を探りつつ言葉を紡ぐ。
「ええと、その、グリント卿とモンド卿、コナー卿のことで、お伝えしたいことがありまして。あの、うーん、非常に言いにくいのですが……」
煮えきらない様子にクライブは小さくため息をつき、横目で私を見つめてきて口を開いた。
「やつらが俺を王位から引きずり下ろそうとしている、ということか?」
「ご存じだったのですか!?」
「ああ。コナー卿のことは知らなかったが。グリント卿は二年前からずっと、俺を失脚させる機会を狙い続けている」
二年前からずっと? 二年前と言えば、戦争が終わったばかりで、ノースランドの前王も亡くなったばかりの時期だ。
まだ国が混乱していた時期じゃないか。
ノースランド王国存亡の危機なのに、グリント卿は自分の出世を目論んでいたの?
「そこまでおわかりで、なぜ処罰なさらないのですか!」
身勝手なグリント卿に怒りが湧きあがってきて、思わず声を荒らげてしまう。
けれどクライブは、淡々とした調子を崩さずに話しだした。
「十分な証拠がない状態でそんなことをしたら、貴族から反感を買うのが見てとれるからだ。ようやく平和を取り戻しかけているのに、余計な争いで国を混乱させたくはない。それに表面だけとはいえ、いまのところ半分以上の貴族は俺を支持してくれているし、いますぐに何かを起こそうとは、あいつもダリルも考えていないさ」
当事者のくせして冷静に話すクライブに、私も頭が冷えていく。
私はロゼッタ女王国の第二王女であり、望まないとはいえノースランド王妃なのだ。
感情に任せて行動してはいけない。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、静かに口を開いた。
「やはり、ダリル様も共謀しているのですね」
「あの二人は異様なほどにつるんでいるし、おそらくな。正当に王位を継いだとはいえ、ダリルにとって俺はまだまだガキみたいなものだし、下に見られるのが悔しいのだろう。それに俺にも恨まれる心当たりがある」
確かにクライブは二十歳そこそこで、ダリルの歳は三十歳近く。
ダリルはクライブを幼い頃から知っているはずだし、お子様に見えるのはしかたないのかもしれないけれど、第三者から見れば年上のダリルのほうがよっぽど大人げない。
「それで、陛下はこれからどうされるおつもりですか」
小さくため息をついて、クライブに尋ねる。
返答によっては私やマリノも無関係ではいられない。
「何かことが動くまでは、静観するつもりだ」
このままでいるなんて、後手に回ってしまうのではないのだろうか。
気がついたら、クライブの味方は誰一人いなくなってしまうのではないか。
「そんな、それで……」
重ねた自身の両手をぎゅっと握りしめる。
口から飛び出てきた声は、自分でも驚くほどにか細い声だった。
「お互い次の仕事が待っている。ティア、部屋まで送ろう」
ねぇ、クライブ。不穏分子をそのまま野放しにするなんて、大丈夫なの?
そう聞く暇もないまま、クライブは立ち上がり歩きだしたのだった。