解放されゆく心
「やはり、ティアもここに来ていたのか」
クライブは私から一歩離れて、呟くように言った。
「やはり、とはどういうことでしょうか……?」
首をかしげて尋ねると、クライブは困ったように笑った。
「ヘレナ女王からティアとの離婚を提案され、納得できずに無理やり居座っていたんだが、数日前より見張られるような視線を感じるようになって、通行禁止の場所が増えたんだ」
「それだけで?」
あまりのカンのよさに目を丸くすると、クライブはノースランドの方角を見つめて口を開いた。
「いや。理由はほかに二つある。一つは、手紙の件を王妃に話すなと言った時、リルカが不服そうな顔をしていた。どうせ、あいつらがお前にこの騒動について伝えでもしたんだろう」
「すみません、ですがどうか皆に罰は与えないでください。お願いします」
深く頭を下げて懇願すると、クライブは小さくため息をついてくる。
「そういうわけにはいかない」
「でも……!」
すがるように距離を詰めると、クライブは淡々と話しだした。
「アンディには、最も難しい日蔭の庭を担当させる。ルードは侍従として執務室で働かせ、より責任ある仕事を増やす。リルカには、嫌がるお前の服選びと化粧の指導でもさせてやるさ」
「ええと、それってあまり罰になっていないような気もするのですが」
むしろ三人ともやる気を出して、これまでよりも生き生きしてしまうような気がする。
「いや、実際面倒ごとであるし、俺が罰のつもりで出しているから構わない。お前たちがノースランドに帰って余計なことを言わずにいられるのなら俺はこれで済まそうと思っているのだが、どうだ?」
クライブの提案にマリノはほっと安心したように微笑んで、深々と頭を下げた。
「御心遣いを誠にありがとうございます。夫に代わりお礼申し上げます。私は陛下のご命令に従います」
「私も、今回の件全て心に秘めておくことにします」
クライブを見上げて、しっかりとうなずく。
あの三人のおかげで私はいまここにいられるのだから、罰など絶対に与えたくない。
「あぁ陛下、それで先ほどおっしゃっていた、あともう一つの理由というのは」
「よその国の王妃がロゼッタに来ているという噂を聞いて、アナベルという侍女に問い詰めたところ、ティアの居場所を教えてくれた」
「あのアナベルが、ですか!?」
驚きのあまり、私とマリノは同時に声をあげた。
あれほど私を王太女にと望んでいたアナベルがクライブに居場所を伝えたなんて、とてもじゃないけれど信じられない。
「いったい、どんな魔法を使ったのです?」
魔法でも使わなければ説明がつかない、と尋ねる。
「いや、そんな大層なことはしていない。俺がどれほどティアを必要としているかを伝え続けただけだ」
まるで世間話をしているように淡々と話しているけれど、クライブに照れの感情はないのだろうか。
たいして親しくもない人に、私の好きなところを延々と話し続けたってことでしょう?
私なんか想像しただけで照れてしまうし、恥ずかしくなってしまうのに!
「な、何をおっしゃっているのですか!?」
ふざけた冗談を諫めるつもりで言ったのに、クライブは過去を思い出すように目線を斜め上に上げて、唸り出した。
「何を言っただろうか……そうだな。たとえば、海のように澄んだ青の瞳も、金糸のような髪や薔薇に似た色の唇も美しいだとか。責任感が強く、心優しい性格だけではなく、泣き虫で落ち込みやすくて素直じゃないところも含めてティアの全てを愛おしく思っている、と。ほかには……」
おそらく耳まで真っ赤な顔をしている私を、クライブは横目で見てきて不敵に笑ってくる。
「陛下ぁぁっ! こんな時にご冗談を言うのはおやめください! 私をからかっているんですよね!? そうですよね? というか、そもそも私が言いたかったのは、そういうことではなかったのですっ!」
なおも褒め続けようとするクライブに、慌てて言葉をかぶせる。
マリノも聞いているのに愛の告白をされるのは、どうにも恥ずかしくていたたまれない。
様子をうかがうためマリノに視線を送ると、幸せそうに目を細めながらくすくす笑っていて。
「マリノ、どうして笑っているのかしら?」
「いえ、笑ってなんかいませんよ」
刺々しい声色を演出して尋ねたけれど、マリノの口元は変わらず弧を描いて、目じりも柔らかく下がっている。
よくもまぁ、この顔で笑っていないなんて言えるものだ。
「二人とも、私をからかっている場合じゃないでしょっ!」
「まぁ、確かに長話をしている暇はないな。ティア、マリノ、兵に気づかれないうちに行くぞ」
クライブはまだどこか楽しそうな顔をして踵を返す。
クライブは過去に縛られず、自分の心のままに生きると決めたのだろうか。
告白の日以来、表情は日増しに豊かになって自分の感情を現すことも増えたように思う。
四年前に塞いだ心が解放されている証拠だろうし、クライブが自分自身に素直になったのは私も嬉しくて、すごくいいとは思うのだけれど……
こうやって心臓に悪いことをされるのと、私をからかって遊んでくるのは本当に困るのよ!
不意打ちでされた愛の言葉に顔を熱くさせ、からかわれた悔しさから口を曲げてクライブの背中を睨みつけたのだった。




