想い描いたその姿
それから三日後。
私はまだ、マリノとロゼッタ城の自室にいた。
朝日が射し込む部屋に遠慮がちなノック音が響き、マリノがドアを開けると侍女のアナベルがいた。
「ティア王妃殿下、おはようございます」
笑顔も、礼の角度もタイミングも優雅で完璧としか言いようがなく、アナベルが新人の教育係に抜擢されたのもうなずける。
「ええ。おはよう」
虫の居所が悪かった私は、大人げなく顔も見ずに挨拶を返した。
「本日も女王陛下より、言伝をお預かりしております」
「アナベル、そんなのいらないから、お母様に早く会わせてくれない?」
私の鋭い視線や刺々しい声にも、アナベルは表情どころか声色一つ変えずに言う。
「本日もお忙しく、謁見は難しいとのことです。言伝をお伝えしてもよろしいでしょうか」
アナベルから発せられた『忙しい』という言葉にあきれかえって、私は大きくため息をついた。
「昨日だけではなくて、今日もなの!? 娘と話す少しの時間も取れないほどお忙しいってわけね。いいご身分だわ」
まぁ実際一国の女王だし、いい身分なんだけど。
こんなにも会えないなんてどう考えてもおかしすぎるし、お母様が私を避けているのは明白だった。
「……アナベル、とりあえず言伝、聞かせてちょうだい」
「はい。それでは、言伝をお伝え申し上げます。ティア、ロゼッタの王太女になることを了承しなさい。以上です」
「いい加減にしてほしいわ、ほんとに……」
頭を抱えてがっくりと肩を落とし、苦笑いを浮かべた。
想像どおりで一言一句同じな言伝に、あきれや怒りを飛び越して笑いさえ浮かんでしまう。
「アナベル、本当にそれだけなのですか?」
念には念を、とマリノが尋ねるけれど、アナベルの答えは変わらない。
「はい。これだけです」
「はぁ……わかったわ。それなら今日も、お母様にこう伝えて。ロゼッタの女王になる気はございません。丁重にお断り申し上げます。まずは二人でお話しませんか、と」
「承知……いたしました。言伝、お預かりいたします」
王太女を辞退する返答に、アナベルは表情をどこか寂しげなものへと変えながら微笑んだ。
こんなやり取りも今日でもう三日目。
同じことの繰り返しで先も読めるほどになってしまったし、いい加減うんざりしてきた。
ロゼッタに向かったというクライブは、いまどこで何をしているのかしら。
この城の中にいるの? それともノースネージュに戻ったの?
情報がないから何もわからなくて、不安が募る。
城の中を探すにも見張りだらけで私の行ける場所は限られているし、お母様のことだから私が首を縦に降るまでクライブに会わせないようにしているだろう。
いますぐにでもクライブに会って好きだと返事をしたいのに、約束の一週間なんて、とうに過ぎてしまった。
こうやって会えない時間が長くなるごとに、会いたい気持ちが積もっていく。
クライブが隣にいないことが、こんなにも寂しくて心細いものだとは思ってもみなかったな。
会えないのならせめて姿だけでも思い出そうと机に突っ伏してまぶたを閉じる。
無表情ないつもの顔、ちょっと嫌味な顔、意地悪な顔……クライブはいろんな表情を見せてくれるようになったけれど、せっかく思い出すのなら、ひまわり畑の時の笑顔がいいな。
優しくてとても綺麗な笑顔だったから。
なんて考えながら、あの日のクライブを思い出そうと試みる。
青い空と、黄色のひまわりを背景に深紅の瞳がじっと私を見つめてきて、漆黒の髪が風に揺れる。
クライブからほのかにいい香りがして、それから穏やかで優しい声がするんだ。
――逃げるなよ
なぜか低く甘みを含んだ声が頭の中で響き、心臓がどくんと強く跳ねた。
鋭い瞳で見つめられたとたん、魔法にかけられたように身体が動かせなくなって、距離が近づくごとに鼓動が激しくなって。
壁に追いやられたあとにされたのは、食むような甘くて深い口づけ……
「ティア様、どうされました!?」
突っ伏して大きく震えた私に驚いてマリノが尋ねてくるけれど、寂しくてクライブの姿を想像していたなんて、しかもうっかりキスをした場面を思い出してしまったなんて、正直に言えるはずもない。
「大丈夫、なんでもない!」
慌てて視線をそらして、言い張った。




