小さな嘘と父の言葉
小走りで謁見の間に飛び込み、息を荒らげて自分の席へと向かう。
先ほどの貴族二人のせいで足止めをくらい、さらには悶々と悩みながら歩いていたせいで、気がついたら謁見の時間が迫っていたのだ。
「どうした。めずらしく遅いが」
いつものようにクライブは表情乏しく話しかけてくるけれど、近衛兵の前で本当の理由なんか話せるわけがない。
ひとの気も知らずにのんきにイスに座っているクライブを見ると、普段よりもさらに憎らしく思えた。
「支度に手間取ったもので……申し訳ございません」
何も悪いことをしていないのに、どうして私が謝らなきゃいけないのよ。
内心面白くなかったけれど、にこりと微笑んで王妃のイスに腰かけ小さく息を吐く。
「支度に手間取った、か。すぐバレるような嘘をつくな」
ふん、と鼻で笑うクライブの横顔に、驚きのあまり目を見開く。
「嘘と、どうして……?」
困惑する私を見てきたクライブは、口角をにやりと上げて不敵に笑った。
「そんなの顔を見ればすぐわかる」
顔を見ればわかるだと!?
コイツ、また私のことをバカにしているわね。
そんな簡単に嘘を見抜くなんて、できるわけがない。きっと何か裏があるはずだ。
「顔を見ただけで? ご冗談はおよしになって、本当のことをおっしゃってください」
そう食ってかかるとクライブはなぜか遠くを見て、ほんの少し寂しそうに笑った。
「まぎれもなく本当のことだ。ティアのいいところも悪いところも素直すぎるところ、か。あの方もうまい言葉を当てはめたものだよ」
私は無言のまま、クライブの横顔を見つめた。
――素直すぎるのがティアのいいところでもあるけれど、悪いところでもあるよ
くるんとカールした焦げ茶色の口ひげを触りながら笑うお父様の優しい顔が浮かんで、また消えていく。
クライブ……いまの言葉って……。
ねぇどうして、アンタがお父様の言葉を知っているの。
幼い頃以来、会ったことなんかないでしょう?
先ほどの貴族たちやグリント卿といい、コイツといい、わけのわからないことばかりで、もう頭の中が限界……
視線を落として唇を噛んでいると、扉の向こうから衛兵の高らかな声が響き渡った。
「サウス王国より使者一名、国王陛下、王妃殿下にお目どおりを願っております!」
ちらりと私に視線を送ってきたクライブはどこか困ったような顔をして、そっと口を開いた。
「何があったのか聞いてやりたいところだが、いまは謁見が先だ。とにかくその間抜け面をどうにかしろ。昼間は勤務時間内なんだろう?」
あんまりな言いようにピクリと眉を動かし、口元を曲げた。
なんですって! 悩んでいる人に間抜け面とか、心配ごとがある人に嫌味を言うとか、最低以外の何者でもないじゃない。
人がせっかく心配してやって忠告もしてやろうと思ったのに本当にムカつくやつだわ。
あの貴族たちの話、内緒にしておいてやろうか!
「間抜け面で悪ぅございましたね。おっしゃるとおりいまは昼間ですし、仕事はちゃんとこなしますよっ」
崩壊寸前な笑顔をキープしながら小さく毒づくと、クライブもまた小声で返してくる。
「このあとなら時間がとれる。そこで話を聞かせてくれ。お前にあんな顔をさせるのだから、重大なことなのだろう」
「え?」
隣に顔を向けると嫌味な表情は消え去っており、凛々しい横顔があった。
「入ってまいれ!」
堂々とした声でクライブが言うと、謁見の間の大きく豪奢な扉が音をたてて開いていく。
サウス王国の使者はどうやらノースランド王国に薬の材料と香辛料を買ってほしくて交渉を持ちかけてきたようだったけれど、私は結局取引の話に集中できないままで。流れるように時間が過ぎていったのだった。