最悪な手紙
「ティア様! 大変です、起きてください!」
気持ちよくまどろんでいたのに、慌てたマリノの声に飛び起きた。
なかなか寝付けなかったせいか寝坊してしまったようで、カーテンの隙間からは陽の光が差しこんでいた。
「ごめんなさい、寝すぎてしまったみたい」
ぼんやりとした頭を抱えると、ドアの向こうからここにいるはずのない人の声が聞こえた。
「王妃殿下。どうか、私の話をお聞きくださいませ!」
この声は、ルード? クライブの使用人がどうしてここにいるの!
「マリノ、羽織をちょうだい!」
「ここに」
ベッドから降りてマリノに羽織を着せてもらい、すぐにドアを開けると険しい顔をしたルードが立っていた。
「どうして貴方がここにいるの?」
部屋に通してイスに座らせ、話を促す。
浮かない顔をしたルードは上着の内ポケットから何かを取り出し、広げてきた。
「ティア王妃殿下が北方騎士団の城に向かわれたあとすぐ、ノースネージュ城にこのような手紙が届きました」
手紙は丸められていたのだろうか。ぐしゃぐしゃにしわがついている。覗き込んでみると、見覚えのある字がびっしり書かれていた。
「これは……お母様の?」
手紙に手を伸ばすと、ルードは私に触らせまいと制止してくる。
「ゴミ箱に入っていたので、お触れにならないほうがよろしいかと。私が代読いたします」
「多少汚れたっていいわ。自分で読みたいの」
ルードからぐしゃぐしゃの手紙を奪い取り、お母様の字を見つめる。
それから長い時間をかけて目を通したけれど、頭が真っ白になって思考も固まってしまい、ようやくしぼり出せた声は震えていた。
「どうしたらいいの、全然意味がわからないわ……」
私の言葉にマリノも視線を落としていく。
「私もなかなか理解しがたかったのですが、何度読んでも手紙に書かれている内容はこうでした。『ティア様をロゼッタの王太女とするため、クライブ王との結婚を解消し、ロゼッタへ返してほしい。その代わりに嫁にはロザリア王女を送ります。夫婦として上手くいっていないようですから、クライブ陛下にとってよい提案ではありませんか?』と」
手紙の内容は理解できても心は拒絶をし続けており、目の前がグラグラと揺れる。
確かに跡継ぎが生まれない場合や夫婦関係が破綻している場合、結婚を解消することは往々にしてあるけれど、大抵は一年ほど様子をみるものだ。
こんなに早く離婚の交渉が始まるのは滅多にない。
お母様の提案は娘の私からしたら衝撃的すぎて、悪い夢としか思えなかった。
「……っ、お母様は身勝手すぎるわ。勝手に嫁に出して、勝手に結婚を解消させようとして。挙句の果てには私を次の女王にする、ですって? 女王の命令は絶対なのかもしれないけど、さすがにこれはひどすぎるでしょう」
怒りとあきれの感情がキャパシティを大幅に越えたせいか、なぜか笑えてきてしまう。
からから笑う私をマリノとルードは心配そうに見つめてきていたけれど、私はひとしきり笑ったあと、深く息を吸いこんで二人に視線を送った。
「マリノ、私ロゼッタに行くわ。生まれて初めて母様に文句を言いに行く! ルード、陛下には内緒にしておいてね」
誰に何を言われても絶対に引いたりなんかしない。母様の思いどおりになんて、なってやるものか。
そんな強い気持ちでいたのだけれど、ルードは困ったような顔をして、たどたどしく話し出した。
「ええと、それがですね……この手紙は陛下宛てに届いていたものでして。陛下も先ほどの王妃殿下と同じようにお怒りになられ、手紙を丸めて捨てられたのです。そして、王妃には言うなと仰せになられ、すぐさま近衛兵と共にロゼッタ女王国へと向かわれました」
「な、なんですって!」




