未来への恐れ
それから数日が過ぎて、私は王妃殺害未遂事件の被害者として、北方裁判に向けて情報を伝えるため、マリノと王国兵数名と共に北方騎士団の城へと赴いていた。
馬車で森と平野を越えて、着いたのは夕暮れ前。
北方騎士団の土地には城下町があり、その奥の山に城がそびえ立っていた。
活気ある町を馬車で進んで城にたどり着くと、城の敷地は高い塀で囲まれており、その周りには水路が張り巡らされていた。
さすが騎士団の城だ。ノースネージュ城の上をいく堅牢さで、そう簡単には陥落しないようになっているのだろう。
敷地内に入って馬車が止まって下りると、騎士の制服をまとった精悍な顔つきの男性と視線が重なった。
「おう、ティアちゃん! とんでもねー事件に巻き込まれて大変だったな」
快活に笑い、右手を上げて挨拶してくれたのは騎士団長グレイ様だ。
「城内の面倒ごとを押しつけてしまい、申し訳ございません」
裁判を開くことにより騎士団に迷惑がかかってしまうため、深々と頭を下げると、グレイ様は「いいって、いいって!」と声をあげて笑った。
「規定どおりだし、そのほうが助かる。王族が好き勝手に犯罪者を裁いても困るしな」
迷惑になっていなかったようで安堵の息を吐き出すと、グレイ様は真剣な表情になり、私だけに聞こえるような小さな声で尋ねてきた。
「そうだ、ノースネージュで何か問題があったりしないか?」
「どういうことです?」
ここ最近、ノースネージュで大きな問題は何も起こっていない。
あったとすれば、私の殺害未遂事件くらいだ。
「それがおかしなことに、ロジェのヤツが来月も見回りをしたいって言いだしてさ。アイツはカンが鋭いし、何か気になることでもあるのかと」
困ったようにグレイ様は言うけれど、反対に私はにこりと笑んだ。 一つだけ心当たりがあったのだ。
「ふふ、そういうことですか」
「どういうことだい?」
グレイ様は怪訝な顔をしているけれど、それには私は答えられない。これはあくまで二人の問題なのだから。
「グレイ様、危険なことも困ったことも何一つありません。ですがぜひ、ロジェ様をそのままノースネージュに居させてあげてください。私からもお願い申し上げます」
ふと、照れたように笑う、優しい女の子の顔が浮かぶ。
もしかしたら、オリビアが大切に育ててきた恋の種がいよいよ花開くかもしれないんだ。
そのあとは書類で溢れた小部屋に案内され、外が暗くなるまで事件の詳細を話し、グレイ様はそれを一つ一つ書面に書き起こしていった。
流れるように走らせていたペンを置いて、グレイ様は大きく伸びをしていく。
「ありがとよ。調書はこれで十分だ。裁判の開始予定は来月になるかな」
「わかりました。また何かありましたら、いつでもお尋ねくださいね」
にこりと微笑んで言うと、グレイ様はなぜか何かを企んでいるような怪しげな笑顔を見せてくる。
「おう、そうかい。それじゃ遠慮なく。なぁ、ティアちゃん。最近クライブのヤツとはどうだい?」
「げほッ!」
飲み込もうとしていた紅茶でむせて、さらにティーカップを慌てて置いたことでがちゃんと陶器の高音が部屋に響き渡る。
「ふぅん。こりゃあ何かあったな」
詳細を聞き出そうとにやついた目で見つめてくるけれど、私は思い切り視線をそらした。
「何もありませんよ」
必死に動揺を隠そうとする私を見て、グレイ様は腕を組みあごに手をあてて口を開く。
「あの鉄仮面がいよいよ我慢しきれなくなって襲ったか、それとも単に、想いを打ち明けてきたか……どっちだい? それとも両方?」
「……グレイ様は、鋭すぎです」
恥ずかしさから消え入りそうな声で言うと、グレイ様はからからと笑った。
「んで、どうすんの? っても、結婚してるから何も変わらねーだろうけど」
「あぁ確かに。そうですよね」
言われてみればそのとおりだ。
いろいろと深く考えすぎたのかもしれない、と楽観視しはじめた時に、グレイ様はとんでもないことを言い出す。
「まぁ、これまで散々我慢させられてきたぶん、想いが通じたりなんかしたら、アイツ豹変したりしてな。覚悟はしておきなよ、いろいろと」
そう言って楽しそうに笑っているけれど、私は正直笑えない。
このままグレイ様のペースに巻き込まれ続けても、振り回されるだけだと思い、大きく深呼吸をして口を開いた。
「五日後にお返事をする予定なのですが、まだ気持ちが定まっていないのです。自分の気持ちと真剣に向き合おうとすると……こんな調子で」
自身の手元に視線を送ると、カタカタと小刻みに震えている。
返事をしたあとの未来を考えると、すぐにこうなる。
過去、あまりにもつらい恋が続いたせいか身体が恋を拒絶しているようだった。
「情けないですよね……考えれば考えるほど 過去にとらわれて、不安になってしまう。どうやったって嫌な未来しか思い浮かばないのです」




