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【電子書籍3巻完結】鈍感な王妃と不器用な国王  作者: 星影さき
第七章 渦巻く野望と王妃の恋
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隣部屋

「こちらが、ティア様の新しいお部屋です」


 マリノがクライブの隣室のドアを開けると、見慣れた景色が広がっていた。


「すごい! この短時間でこれを!?」

 棚や鏡台の位置だけでなく、ティーセットや本、絵の位置まで内装は全て二階にあった頃のままだ。


「同じように配置させていただきましたが、いかがですか?」


「大満足よ! 皆、ありがとう。疲れたでしょう?」


 後ろにいるアンディやリルカ、ルードにねぎらいの言葉をかけると、全員にこりと微笑んで首を横に振ってきた。


「いいえ、土や肥料を運ぶのに慣れてますから」


 アンディは得意気に力こぶを作り、ルードはぺこりと一礼してくる。


「私も陛下と王妃殿下にご恩返しができて嬉しいです」


 最後にリルカは、にかっといたずらっぽい顔で笑った。


「このまま陛下のお部屋にお荷物運んじゃおーかなーとも思ったんですけどね」


「ちょっとリルカ!」

 睨みつけてたしなめると、皆は声をあげて楽しそうに笑った。



 夕食後、残った仕事を終えてマリノと別れ、新しい部屋に戻ると、窓の外にはいつもの庭ではなく夜空が見える。


 たまに遊びに来る鳥を見られなくなってしまったのは残念だけど、こうやって空やどこまでも広がる大地が見えるのはいいかもしれない。


「月が出てる」

 バルコニーへ近づくと、光る満月が見える。


 夜の空は雲もなく澄み渡っていて、美しい金色の輝きに引き寄せられるようにバルコニーへ出た。


 ふと隣の部屋を見ると、灯りがついている。クライブがいるのだろう。

 レースカーテンで中はよく見えないけれど、まだ仕事をしているのかしら。

 それとも、クライブもあの満月を見ていたりする?


 私と同じように綺麗な月だと思っていなくても、この時間に同じ月を見ていてくれたらそれだけで嬉しい。


 視線を新市街、旧市街へと移し、さらに先にある平野と森の奥にあるであろう地平線を見つめる。


 これよりも遠くに、私が生まれ育ったロゼッタ女王国がある。


 ロゼッタは香水とバラと絹が有名な優雅で美しい国で、城下町の皆も優しく素敵な人ばかり。

 侍女や兵士も頼もしくて品があり、こんな私にいつもよくしてくれた。


 国を出るときはあんなに泣いて、悲しくて苦しくて、ロゼッタを離れたくないと思っていたのに。

 ノースランドに来てからも、ロゼッタのある方向を見つめるたびに、帰りたいだとか寂しいだとか思っていたはずなのに。


 いまはもう、あの頃のように帰りたいと思わないのは、どうしてなのだろう。


 右隣から、かちゃりと音がして視線を送る。

 隣のバルコニーの扉が開いて、現れたのはクライブだった。


「陛下!?」

「ティア、こんなところでどうした?」


 夜中にバルコニーにいる私が不思議だったのかクライブが尋ねてくるけれど、疑問に思うのは私も同じだ。


「それは私がうかがいたいです」

 くすくす笑うと、クライブも優しく目を細めて顔を上げ、金色の月を見つめた。


「見事な月が出ていると思い、休憩がてら見にきた」

 柔らかい月の光に照らされた横顔が美しくて、思わず息を飲み、目を奪われてしまう。


 そんな自分がなんだか恥ずかしくて、つい憎まれ口を叩く。


「ふぅん、意外とロマンチストなんですね」


「人のことを言えるのか? お前もそうなんだろ」

 クライブは手すりに肘をのせて頬杖をつきながら、楽しそうに笑った。


 その笑顔にまた、きゅっと胸が痛くなる。


 ここ最近のクライブは、私が嫁いできたばかりの頃に比べて、表情が豊かになったように思う。


 そのせいか、こうやって微笑みかけられるだけでも変に動揺してしまう自分がいて、平静を保てなかったりするのだ。


 クライブはその顔立ちや地位から好意を抱かれることも多い。


 まぁ、性格には少々難があるかもしれないけれど、王として国を守り発展させようと奮闘している姿は、この私でさえ格好いいと思ってしまうくらい。


 そんなクライブにふさわしい女性は、ほかにもたくさんいるはずだ。

 好きになるのは何も、私でなくともいいのではないだろうか。


「……あの、陛下はなぜ私なんかを好きに?」

 ふと生じた疑問を、おそるおそる尋ねてみる。


 照れるような内容だし、誤魔化されるかなとも思ったけれど、クライブは恥じる様子もなくまっすぐ私を見つめてきて、しっかりとした口調で話しはじめた。


「きっかけは、四年前だと思っている」

「四年前、ですか」


 クライブの視線と真剣な表情とに、私のほうが照れて恥ずかしくなってしまう。


「ああ。ジュド閣下の葬儀で遠くからティアを見ていた。泣いているのではないかと思ったんだが、お前は……ただまっすぐ前だけを見つめていたんだ」


 その言葉に、視線を落とした。


 お父様の葬儀で、大勢の参列者が涙を流すなか、私は涙を一滴も流すことなくその場に居続けた。泣くことをこらえ続けていたんだ。


「父親が死んだのに、泣きもしないなんて冷たい女、と姉様や私を疎ましく思う者たちからは言われました。陛下も軽蔑しましたか?」


 ごまかすように笑うと、クライブは静かに首を横に振ってくる。


「軽蔑するどころか、立派だと思った。戦争で親や子、兄弟を失ったのは自分たちだけじゃない。戦争を指示する王族が家族を亡くした感傷に浸って泣く姿を見せるわけにはいかないとでも思っていたんだろう?」


 言い当てられて思わず涙があふれ出し、ぎゅっと唇を噛みしめた。


「そんなティアの姿を見て、胸が痛かった。誰よりも苦しい思いをしているはずなのに、気丈にふるまわなければならないなんてつらかっただろう。もう二度とこんな思いはさせてはならないと思ったのが、始まりだったのかもしれない」


 温かな言葉に、涙をぬぐってにこりと笑う。

 あの日の行動を認めてくれた人がいたと気づけただけで、ずいぶんと救われたような気がした。


「それで、私とジョアンの婚約を白紙にするため、そして、父の願いを叶えるために私と結婚なさった」


 静かに問うと、クライブは目線だけこちらを向けてきて、ふっと笑った。


「ああ。期限つきのかりそめの結婚のつもりだったが、そんな気持ちでいられたのは最初の数日だけだったかな。共に過ごすようになってからはもう、ティアのことが面白くてたまらなかった」


「面白い!?」

 よりによって、その言葉のチョイスはなんなのよ!

 口をとがらせて睨みつけると、クライブは楽しそうに笑う。 


「素直じゃないやつだと思ったら、本当は素直すぎるし、気が強いやつだと思えば、ただ強がっているだけだし。怒っているのかと思えば急に笑ったり、表情がころころ変わって、見ていて飽きないしな。それに、病的なほどにニブイ。こんなの、面白いと思わないはずがないだろう?」


「それって、ばかにしてませんか? 本当に私のことが好きなのか疑わしいです」


 じとっと横顔を見つめると、クライブは視線を向けてくる。


「好きさ。いまだってお前に触れたくてしかたない。この距離が憎いよ」


 私を見つめてくる優しい瞳と低く柔らかな声とに、鼓動が強く速くなる。


 何か言い返したいと思うのに、何一つ言葉にならなくて、ただ視線をそらすことしかできない。


「どうした、顔が赤いんじゃないか?」

 柔らかな声で尋ねられて、ますます動揺してしまう。

 いっそのこと、小ばかにするように聞いてくれればよかったのに。


 こんなふうに優しく聞かれたら、どうしようもないわ。


「き、気のせいですッ! おやすみなさい!」

 ぷいと背を向けて、バルコニーから部屋へと慌てて戻る。


「ああ、おやすみ」

 後ろから耳に飛び込んできた声が優しくて、愛しさが伝わってくるようで、急に胸が熱く苦しくなった。





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