国王と侍女の作戦
「クライブ陛下、ティア王妃殿下!」
二階に下りると、マリノがすぐさま駆け寄ってくる。
隣には、長い金髪を後ろに束ねた背の高い男、彼女の夫で庭師のアンディがいた。
「マリノ、アンディ! こんなところで何をしているの?」
私の問いかけに、二人は視線を合わせて困ったような顔で笑う。
「アンディ、昨晩はすまない。怪我はないだろうか?」
クライブが問いかけると、アンディはにこりと微笑んだ。
「元傭兵ですから、あんな奴ら、なんでもありません。それに、礼には及びませんよ。ティア様を守りたい気持ちは俺も妻も同じですから」
アンディって、傭兵だったの!? というか、怪我はないかとか、私を守るとか、私が気を失っている間に何があったの……?
不安になってクライブに視線を送るけれど「すぐにわかる」としか教えてもらえず、私たちは廊下の奥へ歩みを進めた。
私の部屋の前にたどり着くと、そこにはなぜか兵士が四人立っていた。
普段は、廊下を見回る衛兵と、部屋が見える位置に見張りの衛兵がいるだけで、あんなふうにがっちりドアを固められているのは見たことがない。
「中のやつらに会わせてくれ」
「はッ!」
クライブに声をかけられた兵たちは歯切れよく返事をしてドアを開けた。
見慣れたはずのドアなのに、今日ばかりは全くの別物に見えてしまう。
最初に目に入ったのは、敬礼をする近衛兵のハロルドとオーウェン。
次に目に入ったのは床に転がされているモンド卿とコナー卿だった。
「陛下、王妃殿下、おはようございまぁす」
「王妃殿下、おかげんはいかがでしょうか」
ハロルドは、いつものようにへらっと笑い、オーウェンは心配そうに私を見つめている。
「おはようございます、私は大丈夫。ですが、このお二人は……?」
何度見ても、床にいるのはモンド卿とコナー卿……以前、屋上庭園でクライブの政策に文句を言っていた貴族二人組だ。
縄で縛られ、口には布を噛まされており、とても貴族とは思えない姿になっている。
クライブはこの光景に驚くこともなく、口の布を外すよう兵たちに命じた。
「さぁ、言い訳でも聞いてやろうか」
布を外されたとたん、貴族二人は火がついたように勢いよくしゃべりはじめた。
「陛下! お聞きください。誤解なのです」
「私は王妃殿下の御身が心配で、ぜひ護衛にと!」
「……おいおい。自分だけ助かろうってか、陛下の御前で嘘なんざつくなよ」
コナー卿にそう言ったのは、なぜか庭師のアンディだった。
「ひッ、昨日の大男!」
モンド卿の顔はひきつり、コナー卿も血の気を失ったように青ざめていく。
「ティア王妃殿下に扮してベッドに寝ていた俺に向かって、モンド卿が短剣を構えていたのも、コナー卿が外を見張っていたのも知っている。証拠がそこに落ちているだろう」
アンディが指差したテーブルの下を見ると、古ぼけた短剣が一本転がっていた。
つまり、この二人は私を暗殺しようとしていたってこと? なぜ、そんなことを? 恨まれる心当たりがまるでない。
それに、一つ聞き捨てならない言葉が聞こえたのだけれど。
アンディが、私に扮したってどういうこと!?
「ねぇ、アンディ……」
「へ、陛下! 誤解です、私たちは首謀者ではないのです! 弱みを握られ、脅されただけなのです」
アンディにことのいきさつを尋ねようとしたところ、モンド卿の声がかぶさって肝心なところがかき消されてしまい、私は口の端を歪めた。
「こんな朝早くから、なんの騒ぎですの?」
真っ赤なドレスをまとった姉様が、護衛兵数名とともに部屋の中に入ってくる。
「姉様?」
私が何者かに襲われて失神していたのに、姉様はクライブの部屋へ不埒な目的で来ていたことを思い出してしまい、思わず軽蔑の視線を送ってしまう。
姉様はそれに気づきもしなかったようで、いつものように白い扇子を優雅にあおぎながら、兵士から事情を聞いている。
そして、話を聞き終えた姉様は何も言わずに、見下すような視線でモンド卿とコナー卿を見つめた。
一方のモンド卿は、そんな姉様を睨み上げて口を開いた。
「私たちは、ロザリア殿下とダリル殿下に依頼されてこうしたのです! 王妃殿下が陛下をそそのかし、ノースランドを自分のいいように変えようとしている。ロザリア殿下はそのような書状を送ってきましたよね!?」
困惑する私たちをよそに、今度はコナー卿が淡々と話し出す。
「王妃殿下は陛下を見下し、外で愛人と逢瀬を重ねている、とも聞きました。陛下とノースランドを守るためには王妃殿下を暗殺するしかないと、そういった言伝もありました」
「私が愛人を!? とんでもない誤解です!」
皆の視線が飛んできて、慌てて弁明する。
衛兵やマリノも、そのような場面を見たことはないと証人になり、クライブも愛人などありえないと話してくれて、ホッと胸を撫で下ろす。
けれど私とは反対に、隣に立つクライブはいらついたように深く長い息を吐き出した。
「確たる証拠もないまま王妃を侮辱するなど、度しがたい……ロザリア王女殿下も、説明願えますか」
今度は、姉様に疑惑の視線が注がれる。
静まり返った部屋に響いたのは、姉様のか細い声だった。
「ひ……ひどいわ」
立ちつくす姉様は、真珠のようにきらめく大粒の涙をぽろぽろとこぼし、隣に控える侍女のメリダがハンカチで涙をぬぐいだす。
「私が大切な妹を手にかけようとするなど、絶対にありえません。殺すだなんて、口に出すのもおぞましいくらいなのに……どうしてあなた方はそんなひどいことをおっしゃるの……?」
姉様の涙に、空気ががらりと変わる。
涙は女の武器とはよく言ったもので、兵士や使用人たちは“おかわいそうに”とばかりに姉様を見つめており、ロゼッタ兵士がモンド卿とコナー卿の首すじへ、剣の切っ先を突き付けた。
「王妃殿下をその手にかけようとするだけでは飽き足らず、王女殿下をも侮辱するなど万死に値する!」
「地獄で自身の愚かさを悔いるがいい」
頭に血がのぼった兵たちが目の前で抜剣しているというのに、姉様はまるで別世界にいるかのように涙を拭ってもらっている。
声も出さず静かに泣く姉様の姿は可憐で美しかったけれど、それがかえって冷酷に見えて、恐ろしかった。
このままではいけないと、慌てて兵士たちのもとへ行き、剣を持つ手を制する。
「城内で抜剣など、おやめなさい。私はこうしてちゃんと生きています。脅して得られた証言や改心など、無意味なものでしょう?」
努めて穏やかに話しかけると、ロゼッタ兵たちも次第に落ち着きを取り戻しはじめた。
「そうかしら」
淡々とした声に振り返ると、姉様がくすりと笑みを浮かべていて、私の身体は一気に強ばった。
「自国の王妃を手にかけようとするような愚か者からは、まともなお話が聞けるとは思えませんわ。お二人が本当に貴族だったのかも怪しくなってきます。モンドもコナーも、平民上がりだったのではなくて?」
「な……愚弄しおって」
「しらばっくれるなよ! この女狐が!」
モンド卿とコナー卿が目を血走らせて、姉様を罵倒すると、兵たちが再び剣を構えた。
「王女殿下を侮辱するなど、許しがたい罪であるぞ!」




