仲直りと中途半端な距離
無言のまま涙を流していたけれど、すぐに拭って立ち上がり、なんてことをしてしまったんだと後悔にさいなまれながら、用意されていたドレスに袖を通した。
さっきのは慎みを持たない私が完全に悪いし、忠告されて泣くなんてお門違いもいいところだ。
それなのに、あんなふうに拒絶して『嫌われていたらどうしよう』と、そればかりが頭の中をめぐり続ける。
急ぎ着替えを終えてアクセサリーをつけようとテーブルに手を伸ばし、ふと動きを止めた。
「何かしら、これは……ボタン?」
アクセサリーの隣になぜか、ユリの花が刻印されたボタンが置かれていたのだ。
あとでマリノに聞いてみようと、それを手にとり、羽織りの内ポケットにしまった。
すべての支度を終え、ドアの向こうのクライブへおそるおそる声をかける。
「あの……陛下?」
クライブはいま、どんな顔をしている?
いったい何を考えているのだろう。
全く考えが読めなくて、怖くて声が震える。
「どうした?」
返ってきたのはいつもと同じトーンの声で、ほっと安堵の吐息をこぼした。
無視されることはまぬがれたようで、少し……いや、かなり安心した。
「先ほどのことは、その……私が悪かったです。申し訳ございません、怒ってらっしゃいますか?」
「……怒るというより、あきれている。あんな格好で男の前に出るなんて……もし次同じことがあれば、お前の事情なんか察してやらんぞ。それに、昨日の舞踏会でも下心のある男どもと……」
だんだん怒りが増しているのだろうか。
クライブの声は次第に低く唸るようなものになっていき、言葉も胸にちくちく刺さってきて痛い。
「……うっかりとはいえ、はしたない格好をお見せしたというのは、ちゃんと理解しています。それに、さすがに陛下以外の男の前で、こんな姿見せたりなんかしませんよ!」
恥ずかしさのあまり慌てて反論すると、クライブはなぜかとたんに大人しくなってしまって……
返事の代わりに、深いため息が聞こえてきた。
「あの、どうされました?」
「……頼むから、毎度そうやって無自覚に俺を煽るのはやめてくれ」
「お待たせいたしました」
化粧を済ませ、髪を整えて寝室を出ると、クライブはイスに腰掛けて黙々と書類を読んでいた。
こんな朝から仕事熱心ね、なんて思っていると、クライブは立ちあがって私のイスをひき、座るように促してくれた。
「よく似合っている。普段から、そうやって着飾ればいいのに」
「ええと……それなら、次回からそうしてみます」
思いもよらない褒め言葉に照れてしまい、言葉がたどたどしくなってしまう。
それに、ドレスといえば……
「サリア様のドレス……申し訳ございませんでした。ぼろぼろになってしまいましたよね」
おそるおそる尋ねると、クライブは首を横に振ってきた。
「ところどころ破れてはいたようだが、直せると聞いた。あれはもうティアにやるから、よければまた着てやってくれ」
「壊れていなくて、よかった……ドレス、いただいていいんですか! 大切に着させていただきます」
ほっと安堵の息をつくと、クライブは柔らかく目を細めて口を開いた。
「さぁ、そろそろ食事をとろう。それが終わったら……」
クライブは穏やかな表情を一変させ、睨みつけるようにドアを見つめ、言葉を続ける。
「ティアを手にかけようとしたやつらの顔でも拝みに行こうか」
静かで低い声は淡々としていて温度が感じられず、恐ろしさのあまり身をすくめる。
夕焼けに似たクライブの瞳が、いまばかりは燃え盛る炎のように見えた。
食後の紅茶をゆったりと飲み干して一息つくと、クライブは立ち上がり羽織に袖を通した。
「行くぞ、ティア」
「は、はい」
私も慌てて続き、クライブの部屋をあとにした。
無言のまま廊下を歩き、人気のない階段へ向かう。
「あの、陛下。事件の犯人は……」
小声で話しかけると、クライブはいらついたように眉を寄せてきた。
「どうせ、ダリルだろう。理由も大体想像がつく」
なんだ、知っていたのか。……ってそりゃそうよね、クライブの周りで嫌がらせをする人ってダリルくらいしかいないもの。
一番に疑われるのも納得できる。
「お察しのとおりです。俺の妻になれと言われたときは驚きましたが」
苦笑いしながら話すと、クライブは足を止めて怪訝な顔で私を見つめてきた。
「……は?」
「えぇと、一目惚れした、と言われまして。それでお誘いをお断りしたら、無理やり井戸の中へ」
眉間にしわを寄せるクライブに昨日のやりとりを伝えると、みるみるうちに、こめかみやこぶしに青筋が浮かんでいくのが見えた。
「あの野郎、そんな目でティアを見ていたのか……!」
ひえぇ。怖い、怖すぎる……!
いまのクライブは、殺気と視線だけで人を殺せそうだ、なんてそんなことを思った。




