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貴族の世界

「今日やることは、サウス王国の使者の謁見、領地報告書の確認、納税報告書の確認、謁見希望者の謁見、その時々で必要書類にサイン……こんなとこかしら」


 今日もまた自室のイスに腰かけながら予定を確認すると、マリノはにこりと笑みを浮かべた。


「さすがティア様、完璧です。が」

「が?」

 首をかしげると、マリノは困ったように笑う。


「本日もミラー伯爵夫人主催のお茶会に誘われていますよ」

 ……ああ、それね。マリノと顔を見合わせ、深くため息をついた。


「わかっているわ。だけど、正直なところ行きたくないのよ、あんな疲れるだけのお茶会。一週間に二回も開催するなんて、ミラー夫人は暇なんじゃないのかしら」

 羽ペンで紙をつついて口をとがらせる。


「まぁ、実際暇なんでしょうね。あそこは旦那様がとても有能な方ですから」


「とはいえ、ミラー夫人もなかなかよ。あのお茶会で味方を増やして情報を得て、自分の地位を確立しようとしている……。穏やかな顔して、本当は怖い(ひと)なのかもね。私も気をつけないと、足元をすくわれかねないわ」


 女の世界は怖い。それが貴族となれば、もっと。仲良くしていたかと思えば、裏では陥れるような噂を流していたり、悪口を言っていたり、とにかくいろいろな駆け引きが存在している。


 だからミラー夫人はこまめにパーティーを開き財力を見せつけて味方を増やしているのだろうし、王妃である私のもとにだけ異様なほどの人だかりができるのだろう。


「ふふ、ティア様ならば怖がらなくても大丈夫ですよ」

 マリノは渋い顔をしている私に優しく微笑みかけてきた。


「どうかしら」

「どの国でも、城や王宮の中には様々な思惑が動いているものです。ですが、何を信じて何を疑うか、その見極めができていればきっと上手くいきますから」


 聞き覚えのある懐かしい言葉に顔を上げていく。


「それって……」


「ええ。いまは亡き、ティア様のお父様、ジュド閣下が贈られていたお言葉です。ティア様、いまはつらくとも頑張り続ければいつか必ず幸せが訪れます。私も過去はつらいことしかありませんでしたが、あの日閣下に拾っていただけて、こうしてティア様のおそばにいることができて、いまとても幸せです」


 柔らかな笑顔に、とてつもない安心感を覚えて私も微笑み返した。

 ああ、そうか。私は一人じゃない。


「ありがとう、マリノ。貴女がいてくれて本当によかった。さぁ、今日も気合い入れていくわよ!」


 にっと不敵に笑って立ち上がる。


「はい。まずはサウス王国使者の謁見がありますので、謁見の間に行きましょう」



 部屋を出て、二人並んで歩いて行く。謁見の間までは結構な距離があるけれど、文句など言ってはいられない。


「あら」

 ふと何かが落ちているのが目に入り、立ち止まって拾い上げる。


 「ハンカチーフですか?」というマリノの問いに「そうみたいね」とうなずく。


 少しヨレたハンカチーフを手に持ち主を探すと、二階奥にある屋上庭園で男性二人が話しているのが目に入った。


「どちらかのものかもしれないわ。挨拶がてら届けに行きましょう」



 マリノと屋上庭園に足を踏み入れると、風に乗って微かに二人の話し声が聞こえてきた。


「あの政策、陛下は何をお考え……ダリル殿下が……」

「そんなことが知られたら……反逆者……また明日にでも」


 不穏な言葉が聞こえてきたような気がして、不安に思いながらマリノの顔を見る。


 それと同時にマリノは小声で「すみません」と私の手をとり、生垣のかげへ引き入れてきた。


「誰だ!?」

 すぐに向こうから男たちの声が聞こえてくる。マリノは生垣のかげに隠れる私からハンカチーフを受け取り、二人の前に飛び出て深々と頭を下げた。


「お話し中に申し訳ございません。王妃殿下つきの侍女、マリノ・フォレスターと申します。ハンカチーフが廊下に落ちていたのですが……」


 マリノの声は落ち着き払っていて、動揺を微塵も感じさせない。座り込んだまま生垣の隙間から様子をうかがうと、慌てたように貴族の一人がマリノに詰め寄り、乱暴にハンカチーフを奪い取ってきた。


「確かにこれは私のだ。では、お前は何か聞いたか?」


「また明日という言葉を聞いてしまいました。大切なお話だったのですね、申し訳ございません」


 さすが、マリノだわ。演技も完璧で全然嘘っぽくない。


「おい、申し訳ないで済むと……」

 慌てた男が食ってかかるけれど、冷静な男のほうがそれをたしなめた。


「やめておけ。王妃殿下の侍女なら、少しくらい聞かれても問題はないさ。マリノ、といったか。もう行け、大切な政治の話だ。ここで見たことや聞いたことは全て内密にしておけよ」


「はい、もちろんでございます。それでは失礼いたします」


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