もう二度と
「誰、かぁっ……助け、て!」
必死に手足を動かすけれど、ドレスが水を吸って重くなり、どんどん水底へ引きずり込まれていく。頭まで沈んでは浮きを繰り返し、水を飲みこんで息が苦しくなる。
近づく死の気配に恐怖を抱きながら、必死に助けを求めた。
こんなところで、死にたくなんかない!
「お父様、助け……て」
意識が途絶えそうになった瞬間、満天の星空が見えて、すぐにショートカットの女性が覗き込んできた。
「どうしてこのようなところに! ティア様、すぐお助けいたします!」
マリノはけたたましい笛の音を響かせたあと、隣にいるアンディに紐をくくりつけた。
もうろうとする意識の中、アンディが中に降りてきてくれて、駆けつけた兵士たちが私たちを引っ張りあげてくれているのがわかる。
身体に力も入らないし、視界はかすんでよく見えなかったけれど、冷たい水から助け出されたことがわかり、全身の力が抜けた。
「これは、なんの騒ぎだ。――ッ! ティア、何があった!?」
貴族や兵士の声が飛びかっているなかで、クライブの声が一際大きく聞こえてくる。
ぼやけた視界でも、漆黒の髪と深紅の瞳は不思議とよく見える。
クライブは憔悴する私に駆け寄ってきて、強く肩を掴んできた。
クライブ、どうしてここにいるの? さっき、姉様にキスをされていたよね……?
ふと、姉様の笑みが浮かんで、身震いをした。
肩を掴んでくる温かな手が急に恐ろしいものに思えて、勢いよく払いのける。
「触らないで、あっちに行って! あんな思いはもう、嫌!」
親しくなった人たちから裏切られ、避けられて、嫌われて……
クライブもいずれそうなってしまうのなら、傷つかないうちに離れたほうがよっぽどいい。
こうしないともう、私は傷にまみれた心を守れないのだから。
「混乱しているのか……?」
クライブは呟くように言い、私のそばに片膝をついてくる。
赤い瞳から逃げるため、私はマリノにぎゅっとすがりつき、顔をうずめた。
視線を合わせようとしない私にあきれたのだろう。
クライブは深いため息をこぼして口を開いた。
「マリノ。ティアの護衛はお前に任せた。それと、アンディはこのあと俺の部屋に来てくれ。確かめたいことがある」
低く静かなクライブの声に、マリノとアンディは真剣な表情でうなずく。
「承知いたしました」
「俺は舞踏会の挨拶を終え次第、部屋に戻ろうと思う。ティアは俺がそばにいないほうがよさそうだから」
差し出された手を自ら拒んだくせに、去りゆくクライブの背中を見るのが悲しくて苦しくて。涙をひとすじ流したまま、意識を手放したのだった。




