月の夜、あなたとワルツを
月明かりが照らすバルコニーで、クライブと軽やかにステップを刻む。
はじめはお互いたどたどしかったけれど、慣れてくるとダンスを楽しむ余裕が出てきた。
顔を上げると目が合い、微笑みかけると向こうも同じように微笑み返してくれることがたまらなく嬉しい。
数え切れないほど舞踏会には参加してきたけれど、これほど踊るのが楽しいと思ったことは未だかつてなかった。
歩幅が合うからなのか、それとも自然体でいられるからなのか分からないけれど、クライブとのダンスは不思議としっくりくるのだ。
「陛下はあまり舞踏会を開かないんですね。ロゼッタでは、月に一度は必ず開催されていて」
ふと疑問を尋ねると、クライブは微かに笑う。
「ロゼッタは豊かだからな。それに、踊りはあまり好まないんだ。剣の仕合のほうが楽しい」
確かにクライブは剣の稽古をするのが好きなのか、兵士と手合わせしている姿を何度か目撃したことがある。
無駄のない動きで剣を振るうクライブの姿は、まるで蝶が舞い踊っているかのようで美しかった。
思わずその場で立ちつくしてしまい、目が離せなくなるほどに綺麗だったのだ。
「私も、剣を振るわれる陛下が好きです」
あの日の姿を思い出して口に出すと、私に触れている両手がぴくりと動いた。
「お前の好きは、俺のそれとは違う」
「え……? うわっ!」
急に声のトーンが変わったことに動揺してステップを間違えたせいで、ヒールがドレスにひっかかってしまった。
「危ない!」
クライブが私の背中に手を回して支えてくれたおかげで転ぶことはまぬがれて、ほっと安堵のため息をこぼした。
「すみません。もう大丈夫です……へ、陛下?」
いまの状況がわからずに、混乱したまま固まった。
なぜかクライブは私を胸に抱き寄せてきて、きゅっと強く抱きしめてきたのだ。
心臓の位置からは少し離れているのに、クライブの堅い胸板から鼓動を感じ、ひどく心が乱されてしまう。
「今夜、舞踏会が終わったら、伝えたいことがある」
「伝えたい、こと……?」
内緒の話をするようにクライブは囁き、私はそれをうわ言のように繰り返す。
すると、会場のほうから私の名を呼ぶ声が耳に飛び込んできて。
「ティア王妃殿下はどちらにいらっしゃるのでしょう」
「それが、わたしもお探ししているのですよ、ぜひお相手を、と」
どうやら一曲目のワルツが終わっていたようで、はっと我に返った。
抱きしめられているという事実に感情が高ぶり、自分が自分でなくなっていく感覚が怖くて、クライブの顔が見られない。
「ごめんなさい、呼ばれているようです。またのちほど」
クライブの胸板を強く押して離れ、逃げるようにバルコニーをあとにしたのだった。




