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【電子書籍3巻完結】鈍感な王妃と不器用な国王  作者: 星影さき
第六章 舞踏会と近づく距離
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蘇る悪夢

「なっなんと……っ、これはすごいですっ」


「やっぱり似合わなかった……!?」

 ドレスを着せてもらって尋ねると、リルカはぶんぶんと首を横に振り、鏡の前まで連れていってくれた。


「これ、が、私……?」


 信じられなくて思わずぽつりと呟く。

 ハーフアップにされた髪は艶めき、肌も透き通るように白く滑らかで、唇も果実のようで。


 何より晴れ渡る冬の空のような、ブルーのドレスがきらきらと輝いて美しかった。


「行きましょう、ティア様。今夜の主役は貴女様です」

 マリノの手をとり、こくりと静かにうなずいた。


「開始時間が遅くなるって、言っていたわね」

 ルリカを残し、会場に向かう廊下をマリノと二人で並んで歩く。


「しかたがありませんよ。ロザリア王女はいつもお支度が長いですから」


 マリノは深いため息をつきながら、遠くに見える舞踏会会場の扉を睨みつけた。


 かなり早く来てしまったけれど、座って待っていればいい。そう思っていたのに、扉へ近づくとなぜかクライブの声が少しずつ大きく聞こえてきて、私とマリノは顔を見合わせた。


「ロゼッタとノースランドの友好関係を今後も保とうと遠路はるばるロザリア王女殿下がいらしている」


 耳をすませて聞こえてきたのは、舞踏会の前の挨拶だ。

 放心して立ちつくしていると、険しい顔をしたマリノに促され、一歩また一歩と扉の前へ歩みを進めた。


「わたくしはロゼッタ女王国第一王女、ロザリア・フローレス。お招きいただけて光栄ですわ」


 姉様の声が聞こえ、貴族たちのほれぼれとしたため息が扉の向こうから漏れ出てきている。


「王妃殿下がおいでです。いまから入れませんか?」

 マリノが扉を守る衛兵に尋ねると、兵は驚いたように目を丸くしてきた。


「王妃殿下、ご気分はもうよろしいのですか? 陛下もご心配になられていました。すぐにでもお通しさせていただきたいのですが、ロザリア王女殿下のご挨拶中にて、かなわないのです……」


 どうしてもう開会の挨拶が始まっているの? 開始時間は三十分遅くなった、と聞いていたし、来るのはぎりぎりでいい、と伝えられたのに。


 何より私、具合が悪いなんてひとことも言っていないのだけれど……


 混乱して呆然としていると、マリノがぎりぎりと歯を食いしばり、会場の扉を睨みつけていた。


「あの女……!」


「マリノ?」

 普段なら絶対に見ない表情に驚いて声をかけると、マリノはひたいに血管を浮かせながら口を開いた。


「騙されたんです! ティア様を陛下のおそばにいさせないために、嘘の情報が伝えられたんですよ!」


「そんな……」

 扉の向こうでは姉様が挨拶を続けているけれど、全くと言っていいほど耳に入ってこない。


「いつになったら入れるのでしょうか?」

 マリノが殺気を放ちながら尋ねると、兵士はただならぬ雰囲気を感じとったのか、あとずさりをした。


「挨拶後すぐに一曲目が始まってしまいます。本来ならば一曲目が終わった後にお通しさせていただくのですが、挨拶が終わり次第開けましょう」


 今度は扉の向こうから姉様の高らかな声が響き渡る。


「お集まりいただいた皆様、一曲目はロゼッタ女王国で愛される一曲『夜空のワルツ』です。どうぞロゼッタ流の舞踏会をお楽しみくださいね」


「ッ! ……わざわざロゼッタ流と言うなんて、あの女はどこまで醜いの!」

 姉様のひとことでマリノの怒りは頂点にまで達したように見えた。


「どうしたの……?」

 まともに考えられないまま尋ねると、マリノは悔しげに歯噛みしていた。


「あの女はおそらく、何もご存じない陛下と白薔薇のワルツを踊るつもりなんです。使用人の会場入りは許されていませんので、私はここまでです。もうすぐ扉が開きますから、すぐに陛下の元へとお向かいになってください」


 マリノは私の腰にそっと手を添えてくる。


「ティア王妃殿下、マリノさん。挨拶が終わったようです、開けます!」


 兵士がそう言って勢いよく扉を開け、マリノは「ご武運を」と、私の腰をぐんと押して前に突き出してきた。


 アーチ型の天井から垂れさがる豪華なシャンデリアが目に飛び込んできて、次に色とりどりの衣装をまとう貴族たちが見えた。


 流れ始めたばかりのワルツはぴたりと止まり、ペアを作りはじめた貴族たちも、飛び込んできた私に視線を送ってきている。


「なんと可憐な」

「サリア様のお衣装よ、またお目にかかれるなんて夢みたいだわ……!」

「ああ、いつにもましてお美しい」

「メイクもドレスもアクセサリーもなんて素敵なのかしら」

「僕とも踊っていただけないだろうか」


 会場はざわめいて、みんな口々に何かを言っていたけれど、頭が真っ白になって何も聞きとることができない。


 おそるおそる王族の席を見ると、驚いたような顔をしているクライブの瞳と視線が交わった。


 視線を移すと、姉様がクライブに右手を差し伸べて、ダンスのお誘いをしているのが目に飛び込んできて……ひゅっと呼吸が止まった。


 人間って不思議だ。こんなにつらくても、いつもみたいに笑えるんだから。


 すぅと息を吸い込んで微笑み、ゆったりと右手を水平に動かして口を開いた。


「さぁ曲を流してちょうだい。皆様、楽しく優雅なひとときを」


 堂々と言い終えると、また曲が流れはじめて貴族たちがくるくる踊り出す。


「王妃殿下、どうか僕と踊ってくださいませんか?」

「いえ、わたしと」

「いやいや僕と」


 私を囲むように男の人たちが続々とやってくるけれど、それをくぐりぬけて私は走りだした。


 ごめんね。マリノ、リルカ。私、戦う前から負けてしまった。


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