さなぎは蝶へ
「リルカさん、こちらの髪飾りはいかがですか」
「マリノ、それ素敵~っ! お化粧もあと少しで完成しますよ」
目元の化粧をするからと目をつぶらされ、いま自分がどうなっているのかさえわからない。
マリノとリルカは一時間近く、こうやって私を着せ替え人形にして楽しんでいるけれど、好き勝手される私からしたらたまったものじゃない。
さすがにないとは思うけれど、厚塗りの化けものみたいにされていたら、どうしよう……
鏡台には布がかけられてしまったけれど、引き出しの中にも手鏡があったような気がする。
引き出しを開けようとすると、リルカは慌てて鏡を奪い取って後ろに隠してきた。
「まだ鏡はお見せできませんっ!」
しかも、何かを企んでいるかのようににやりと笑ってくるものだから、ますます不安だ。
「どうして? いいじゃない。見せてちょうだい」
奪い取ろうとすると、リルカはマリノに手鏡を手渡してしまった。
「どうしてって、そりゃあティア殿下のことですから、派手すぎるっておっしゃるからですよ!」
「え……そんなふうになっているの?」
やっぱり厚塗りのお化けに……なんて心配していると、マリノはふわりと優しい微笑みを浮かべてきた。
「ご心配なさらずとも、とてもお美しいです。毎日お会いしている私でさえ見惚れてしまうほどに。あとはドレスをお召しになり、一歩踏み出す勇気だけですよ」
見つめあう私たちを見て、リルカはにこりと満足そうに笑った。
「陛下はこういった催しの時はいつも、金糸の繊細な刺繍が施された黒い衣装をお召しです。というか、私が強くおすすめしています。お顔立ちがお美しいので、すっきりとした衣装が本当によくお似合いなんですよ」
確かに派手なものより、似合いそう。
普段の軍服とは違うクライブの姿を想像しただけなのに、なぜか胸が高鳴ってしまう。
「ですので、今日は陛下のお衣装に合わせつつも、ティア殿下にもお似合いになるスカイブルーのドレスをご用意しました。こちらはオートクチュールではありませんが、前王妃サリア様がお若い頃お召しになっていたドレスです」
リルカの言葉に、目を丸くして声をあげる。
「そんな大切なものをお借りするわけには……!」
「陛下にお尋ねしたら、快くご了承いただけましたよ。サリア様はいまでも人気の高いかたで、ノースランド人にとって憧れでもあります。そのような方のドレスをティア様が身にまとう。この意味おわかりですよね? ロザリア殿下に負けたりなんか、絶対にしません」
にいっとリルカが笑う。これまでとは違う、闘志に燃えるような目をしていた。
前王妃と比べられることを嫌う王妃は、各国でいると聞く。そんな王妃たちにとっては前王妃と同じドレスを身にまとうなんて、もってのほかなこと。
だけど、もし私が公の場でこのドレスを着れば……
「サリア様への畏敬の念を示すことになり、民から好感触を得られるでしょうね……」
「そのとおりです! 誰がこの国の王妃なのか、目にもの見せてやりましょう!」
こぶしを握りしめるリルカに、苦々しく笑う。
「そんな理由で、お借りできないわ」
急ぎほかのドレスを頼もうとすると、マリノが首を横に振ってきた。
「ドレスは誰かに着てもらえてこそ輝きます。あのダンスホールもまた、前王様がサリア様にプロポーズをしたという歴史ある場所。そのドレスで陛下と踊られることで、亡きサリア様もお喜びになると思いませんか」
むむむと口を結びながらうなずいた。
なんだかいいように言いくるめられたような気もするけれど、このまま飾られるだけになるドレスもなんだか悲しい気がして。
「舞踏会で陛下はいつも人気者ですけど、さすがにどこかで一曲丸々踊ってくださると思います。お二人のダンス、きっとお美しいんでしょうねぇ……」
リルカは両手を胸の前で組み、うっとりと想像するように、天井を見つめていた。
「白薔薇のワルツ、踊ってくださるといいですね」
マリノは微笑みながらとんでもないことを言い始めて、顔を熱くさせた私は慌てて立ち上がった。
「な、何言ってるのマリノ!」
いつからか、ロゼッタ女王国でこんな伝統が続いている。
一曲目に流れるワルツをどんな曲名であれ『白薔薇のワルツ』と呼んでいるのだ。
舞踏会ではどんな相手とも踊れるけれど、最初の一曲、白薔薇のワルツだけは例外で、自分が最も愛する者と踊るものだとされていた。
もし、自分に想い人がいれば白薔薇のワルツの相手にお誘いし、誘われた場合、相手のことが好きならばその手をとって踊るのだ。
そんなロマンチックな伝統があるのに、残念ながら私は一度もお誘いを受けたことがない。隣にいる姉様はいつも引く手あまただったけれど。
「白薔薇のワルツってなんですか?」
リルカが首をかしげているところを見ると、その伝統があるのはロゼッタ女王国だけなのだろう。
「ほら、ノースランドにはそんな伝統はないのよ! 早くドレスを着せてちょうだい」
照れ隠しに立ち上がると、マリノはふふっと優しく笑っていたのだった。




