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【電子書籍3巻完結】鈍感な王妃と不器用な国王  作者: 星影さき
第六章 舞踏会と近づく距離
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胸騒ぎ

――ロザリア王女殿下に情熱的な愛の告白をしていただけて……夢みたいで


――面倒な女に付きまとわれているんです。勝手に勘違いされて……


――第二王女なんか、この国にはいらねーんだから


 思い出したくもない過去の言葉が頭の中に浮かんできて、すぐにまた消えていく。

 みんな、最後には姉様を好きになる。第二王女の私なんか、誰も見てはくれないんだ。


 もしかしたら、クライブも?


――ティア、すまない。俺はロザリアのことが……


 ふと、愛おしそうに姉様を見つめるクライブの姿が浮かんでしまい、幻をかき消そうと頭を振った。


 そんなのは絶対に嫌だ。それだけは、どうしても耐えられない。

 姉様に意見するのは恐いけれど、クライブに見捨てられてしまうのは、もっと恐ろしくて嫌だった。


 ぎゅっとこぶしを握りしめ、意を決して口を開いた。


「姉様……一つだけ、お願いがございます」


「ふふ、なぁに?」

 姉様は上機嫌な様子で、にこりと笑みを浮かべている。


「どうか、今回の訪問のあいだ、陛下と少し距離を置いていただけないでしょうか」


「あら、どういうことかしら?」

 姉様は口角を上げて、楽しげに尋ねてくる。


 どうしてこんなことを言われるのか、本当にわからないようだ。


「姉様は幼い頃、私が仲良くしていた男の子と、数日後にお付き合いをされてらっしゃいましたよね。みっともないことを承知で申し上げますが、私は不安なのです。陛下が姉様に心を奪われて、いなくなってしまうのではないか、と」


 こんなことを言うのは恥ずかしいし、正直なところ悟ってもらいたかった。

 この件について面と向かって話したのは、これが初めて。

 それほどに幼い頃の私は、姉様に嫌われるのが怖かったのだ。


「そんなことを言われても、しかたがないでしょう。好かれてしまうんですから。もしかしたら……今回だって、そうなってしまうかもしれないわよね?」


 ふふっと目を細めて笑う姉様の姿にぞわりと悪寒が走る。


――身内や仲間に対しても、裏を読まなきゃいけねぇ時もあるんだぜ?


 ふとグレイ様の言葉が頭をよぎった。

 身内や信頼する人を疑う必要はないのでは、なんて思い、真意がよくわからなかったけれど、たったいまその意味を実感する。


 私はこれまで『姉様が美しくて優しく、賢く権力を持っているから、仲良くしていた男の子が私から去ってもしかたない』と思いこもうとしていた。


 だけど、きっとそれだけじゃなかったんだ。

 姉様は意図的に私と仲のいい男の子のあいだに割って入って、奪い取っていた。


 優しかった幼い頃の思い出にすがっていたけれど、いまの姉様はもう、あの頃の姉様とは違う。

 私よりも優位に立って、私が泣いて落ち混むことで自尊心を満たしているんだ。


 だって、姉様は一番でないと気がすまない人だから……


 いまになって、ようやく真実に気がついた。

 そして、これまでは遊びのようなものだったのに、いまの姉様はクライブに恋心を抱き、本気で心を奪おうとしていることも。


 立ちつくす私に代わり、慌てたようにマリノが一歩前へと出てくる。


「お言葉ですが、ロザリア王女殿下。クライブ陛下は独身者ではなく……」

 いさめる言葉に姉様はぱしんと扇子を閉じて、口を開いた。


「マリノ、あなたはお口から産まれたのかしら? 私の侍女なら即刻解雇して国から追放していたところよ」


「出すぎた真似を、失礼いたしました」

 マリノは唇をぎゅ、と噛みながら、頭を下げて一歩後ろへ下がる。


「とにかく、クライブが私を好きになってしまったら、私にはどうにもできないわ。そうなってしまったら国を併合するのも素敵ね。あのルビーのような深紅の瞳に漆黒の髪、そして美しい顔……ああいう男は私の隣のほうが映える。そう思わない?」


 姉様は楽しそうに扇子を開いて優雅にあおぎ、私の隣まで歩んでくる。


「ほら、早くお答えなさい」


 これまでの私なら『おっしゃるとおりでございます』と答えたことだろう。

 確かに、クライブには姉様のような才色兼備な女性が似合うし、見た目的にもつり合いが取れているように思う。


 だけど……


「それでも、陛下は……クライブだけはダメなんです。ほかの(ひと)が全員姉様に心を奪われても構いません。ですが、あの方だけは、姉様どうか……」


 深々と頭を下げて懇願する。姉様に対してこんなに聞き分けのない行動をするのだって、これが初めてだ。

 クライブをあんなに嫌っていたはずなのに、私はいったいどうしてしまったのだろう。


 頭を下げ続ける私に姉様は、ふんと鼻で笑ってくる。


「ダメだと言われても、クライブの心は貴女のものではないでしょう? それに彼が私を好きにならない保証なんてできないわ。嫉妬に狂う王族なんて、つまらない演劇のようね。メリダもそう思わない?」


 姉様は後ろに控える侍女、赤茶髪のメリダに問いかけると、メリダは楽しそうに笑ってうなずいた。


「ええ。おっしゃるとおりでございます」

 姉様は扉へと向かい、振り返ってきて笑う。


「私はクライブに城内の案内を頼んできます。ティアは、ここにいていいわ。これは命令ですから」


 貴賓室から出ていく直前、姉様は私を一瞥(いちべつ)してきて、最後に吐き捨てるように呟く。


「あなたは、しょせん第二王女。私を越えるなんてできないの」



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