花ことばは泣き虫?
一度気を失ったせいか体調が優れず夕食を部屋でとることにすると、心配してくれたのかクライブが部屋を訪ねてきてくれた。
「ティア。倒れたと聞いたが、大丈夫か?」
ドアを開けて早々、クライブはどこか不安げな顔で聞いてくる。
「はい。少しくらつくくらいで、大丈夫です。よければ中へどうぞ」
「熱でもあるんじゃないか?」
ドアを閉めると同時に右手が迫ってきて、ひたいにそっと触れてきた。
突然の温もりと、変に近いこの距離とに、ひどく動揺してしまう。
「顔も赤いし、少し熱い気がする」
ゆっくり手を離して、真顔で観察してくるけれど、私の顔が赤くて熱いのは、風邪だとかそういうことが原因じゃない。
そうやって触れられると、なんだか緊張しちゃうんだってば!
いっそのこと正直に言ってやろうか、なんて頭をよぎったけれど、そんなことを言ったら私がクライブを好きだと勘違いされるに違いないし、面倒ごとは避けたい。
「大丈夫です、問題ないですから! 顔が赤いのはきっと、部屋が暑いからですよ」
実際、暑くも寒くもないけれど、もっともらしい理由を探して答えた。
「ほう、この部屋が暑い、か」
やっぱり言い訳には無理があった?
鋭い目で見つめてくるクライブに心の中を暴かれているような気持ちになり、冷や汗が頬をつたう。
「少し顔を見せてみろ」
作り笑顔が固まったのがわかった。
そんな命令を聞けるわけがない。絶対にいま、左まぶたがピクピクしてるから!
左顔面を見られないように顔を背けながら、じりじりとあとずさりを始めた。
「あとで医者にかかります! ちゃんとかかりますから」
医者にかかる約束をしてようやくクライブは納得してくれたようで、安堵のため息を一つ漏らした。
「連れ回して、疲れさせてしまったのかもしれないな。すまない」
クライブはイスに腰掛けて謝ってくるけれど、私は慌てて首を横に振った。
「疲れたわけじゃなく、昔の嫌なことを思い出したらなんだか気が遠くなってしまって」
クライブは、苦笑いをする私を見つめてきて、静かに呟くように言う。
「ロザリア王女のことか?」
ぎくりと身体を強ばらせると、クライブは苦々しい顔で笑ってきた。
「正解、だな」
「すみません。姉様のこと、苦手なんです……」
「しかたないさ。あれだけ扱いに差をつけられれば、苦手にもなる」
そう言ってくれるのはありがたいけれど、本来なら第二王女は第一王女を敬い支えるべき立場なのだ。
ただでさえお荷物な第二王女なのに、そんな簡単なことさえできない自分が情けなくて、無言のままうつむいた。
「まぁ、ロゼッタの第一王女が来るのはめずらしいし、皆の視線はロザリアに集まるだろうが、そこは我慢してくれ。立場上難しい部分もあるだろうが、俺もなるべく最低限の関わりで済ませるようにしておくよ。また、いつかの誕生日みたいに一人で泣かせたくはないしな」
予想外の言葉に驚いて勢いよく顔を上げた。絶対に忘れているだろうと思っていたのに。
「……覚えてらしたんですか?」
「数年前まで忘れていたが、な」
そういえばあのひまわりの花ことば……
『あなただけを見つめている』ってもしかして、わかっていて贈ってくれたの?
口下手なクライブなりに、昔の約束を覚えているよという、意思表示だったのかもしれない。
「やっぱりあの花ことばって……」
「花ことば? そういえば侍女に聞くのを忘れていた」
まずい、余計なことを言ったかもしれない! クライブに花言葉が知られたら、贈り物で勝手に勘違いする痛々しい女になってしまう。
どうにか誤魔化さないと!
「えぇと、花ことばというのはですね、花に贈り主の想いが込められているという考え方でして……」
必死に言い訳を考えながら、言葉を紡ぐ。
なんだか最近、クライブに言い訳してばかりだ。
「先日、陛下はひまわりをくださいましたよね。それで、私ってばほら、昔は泣き虫だったでしょう? だから、ひまわりの花をくださったのかなと、ふと思いまして」
これなら大丈夫。嘘は言っていないもの。
ただ、肝心なところは何も言っていないけれど。
「よくわからないが、つまりは偶然泣くことに関連した花言葉だったということか。とにかく今日は疲れただろうし、早めに寝たほうがいい。それに……泣き虫なのは治っていないんじゃないか?」
クライブは立ち上がって私の隣にやってきて、片手をテーブルについた。
いやに近い距離が少し恥ずかしくて視線をそらしたのだけれど、構うことなくクライブは私の顔を見つめてきて……
「泣くほどのことがあるなら、言えよ」
もう片方の手が私のほほに添えられ、親指の腹で目元をそっとぬぐわれた。
「え……?」
「そこだけ化粧落ちてるから」
深紅の瞳がまっすぐに私を見つめてきて、どくんと大きく鼓動が跳ねた。
じつはマリノが書類を運びに出ていったあとも、不安になってしまって少しだけ泣いてしまったのだ。
「す、すみません。ただ、苦手だったのは幼い頃のことで。だから、もう大丈夫です。私も姉様も大人になって、変わったはずだから」
私の左目がぴくついていないことを確認してきたクライブは「そうか」と、静かにうなずいてきた。
「長居しては休まらないだろうし、そろそろ帰るよ。だがその前に」
「どうしました?」
「医者を呼んでくる」
しっかり覚えていたクライブに、がっくりと肩を落とした。
熱なんかないし、風邪だってひいていない。どうしよう、このままだと不審に思われる……!
心配してそわそわしていたけれど、エドガー先生は私が慌てているさまを見て幸せそうに微笑み「ただ暑かっただけですよ」と、診断を下してきたのだった。




