悪夢の終わり
「ティア様? 大丈夫ですか」
柔らかな声にゆっくりまぶたを開ける。
目に飛び込んできたのは、慌てた様子のマリノの姿だった。
いつのまにか私はベッドの上で横になっていて、窮屈なドレスではなくネグリジェをまとっていた。
「うなされていらっしゃると思ったら、今度は涙まで」
マリノの言葉に、起き上がってほほに触れてみると、しっとり濡れている
いままでのは全部、夢……?
「ああ、いけません。こすると目が腫れてしまいます」
マリノは慌てた様子でハンカチを取り出して、目元を優しく拭いてくれた。
「視察で、お疲れになられたんでしょうか?」と尋ねられたけれど、ベッドに横になった記憶が全然ない。
今日は何をしていたんだっけ。
確かクライブと旧市街に行って、執務室に戻ってきて、それから……?
「私、いったいどうしちゃったの? さっきまで執務室にいたと思うんだけど」
私の問いに、マリノは困ったような顔で微笑んできた。
「先ほどまで、ティア様と私は執務室でロザリア様についてのお話をしておりました。すると、ティア様のお顔がみるみるうちに青くなり、そのまま気を失われたのです」
「それで、マリノがここへ運んで、着替えさせてくれたの?」
「はい。医者と人を呼びに行こうとしたのですが、一人は嫌だ、と言ってらして、少しなら歩けるとおっしゃっていたもので。肩をお貸ししてご移動いただきました。お加減はいかがですか? いまからでも医者を呼びましょうか?」
「大丈夫。寝たら落ち着いたわ」
やっぱりあれは全部、夢だったんだ。
だけど夢での記憶は全て、過去にあったできごとだった。
「ねぇ、マリノ」
声をかけてベッドの端に腰かけると、マリノは不安げな顔で見つめてくる。
「はい、どうされましたか」
「私、夢を見ていたの。幼い頃の嫌な思い出……やっぱりマリノの言ったことに間違いはなかったわ」
何について話しているのかわからなかったようで、マリノはこてんと首をかしげてくる。
「夢に、カルロスとギルバートとフレッドが出てきた。カルロスは姉様の美貌と地位に心変わりをして、ギルバートはお金に心を奪われたわ。そして、フレッドは……私を信じようとしてくれなかった」
真っ白なネグリジェをぎゅっと握り、言葉を続ける。
「三人とも私のそばから去っていき、姉様に心を奪われた……それがずっと、心の傷として残っているみたい。過去の悪夢を見て、ようやく実感したの。あれが私のトラウマになっているんだ、って」
恋愛に憧れを抱く一方で、恋を恐れて逃げていた。そしてさらに長年の経験上、私はこうも思っていた。
「姉様には絶対に敵わない。どんな男性も最後には、私から離れて姉様を好きになる。それなら最初から恋なんかしないほうがいいのよ」と。
自嘲するように言うと、マリノは寂しそうに見つめてくる。
「ティア様……」
「でもね、大切な思い出も一つ、思い出せたの」
顔を上げてにこりと笑むと、マリノは予想外だったのか驚いたように目を丸くしてきた。
「大切な思い出、ですか?」
「ええ。第二王女じゃなく、ティア・フローレスを見るよと言ってくれた男の子がいたの。ずいぶん昔のことだし、私も忘れていたくらいだから、言った本人も忘れていると思うけど。でも、私はその言葉を信じたい。私を見てくれる人もいるんだ、って」
そう言って微笑むと、マリノも同じような顔で微笑み返してくれた。
「お優しくて、素敵なお方ですね。いつかまたその方とお会いできることを願います」




