過去の悪夢――カルロス
真っ暗な闇は、幕が上がるように消えていく。
嫌だと強く思えば思うほど、私の夢は押し込んだはずの過去を次から次へとあばきだした。
――ティア十二歳 秋――
優美なワルツが響き渡り、着飾った人々がくるくる楽しそうに踊っている。
くるくる、くるくる。目がまわってしまいそう。つまらないな。
華やかな会場の中、一カ所だけ人だかりができているのが見える。
その中心にいるのはロゼッタ女王国第一王女であるロザリア・フローレス。彼女は私の姉にあたる人。
色とりどりの花や布で飾りつけられた会場で、大勢の貴族が踊るこのパーティーは、姉様の十四歳の誕生会なのだ。
私の誕生日のときとは大違い。
私のときは兵士や侍女たちがお祝いの言葉をくれて、お父様がケーキとプレゼントをくれるだけなのに、この差はいったいなんなのだろう。
むすっと窓の外を眺めていると、突然冷たいものが頬へと触れてきて大きく飛び上がった。
「ひゃっ!」
「そんなお顔をされていると、幸せが逃げますよ」
そう言ってジュースを手渡してきたのは、私と同い年で上流貴族の息子、カルロスだった。
幸せが逃げるも何も。幸せなんか、元々来てないっていうのよ。
大勢から愛されて幸せなのは、いつも姉様ばっかり。
「カルロスは姉様に挨拶いかなくていいの? 私なんかに構っている暇ないでしょ?」
「僕ですか? 僕はすでに挨拶をさせていただきました。ロザリア王女殿下はやはり大人気で、僕なんかに興味をもってくださることはないでしょう」
カルロスはがっくりと肩を落として、深いため息をついた。
「そうなの? カルロスは優しくて気がきくし、いい人なのに」
「ありがたきお言葉です。ただ僕は、いかにも普通なこの容姿ですし、子爵の息子ですから選ばれることはないですよ。ロザリア殿下はとてもお美しく可愛らしいおかたですし、引く手あまたなのでしょうからね。僕なんかには高嶺の花です」
確かにカルロスはどこにでもいそうな顔をしているし、お世辞にもかっこいいとは言えなかった。
子爵で婿入りというのも厳しいのかもしれない。
だけど、野良猫にえさをあげたり、妹の面倒をよくみてあげたりする優しい男の子で、私はカルロスが好きだったんだ。もちろん友だちとして、だけど。
「ねぇ、カルロスも暇ならここでちょっと話さない?」
カルロスとだったらこのパーティーも楽しめるかもしれない。そう思って尋ねると、カルロスはまるでぱっと花が開いたように笑ってくれた。
それから私はカルロスと出しを見たり、ごちそうを食べたりして過ごした。
姉様の誕生パーティーが楽しいと思ったのは、これがはじめてのことだった。
カルロスとの距離は日増しに縮まっていき、廊下で会うたびに話をしたり、一緒に庭を散歩して笑いあったりするようになっていた。
「あの……ティア殿下」
薔薇が咲き乱れる庭を二人で歩いていると、カルロスはぴたりと足を止めて私の名前を呼んできた。
「なに?」
カルロスの顔を見ると、なぜか緊張したように強張っている。
「あ、あああ明日の同じ時間に、こ、ここに来ていただけませんか?」
めずらしくどもっているけれど、かっこ悪いとは思わなくて、やけに真剣な瞳にどくんと心臓が跳ねた。
「こ、ここに? ど、どどどどうして?」
カルロスの緊張がうつってしまい、私までどもってしまう。
「えっと……どうしてもお伝えしたいことがあるんです。絶対来てくださいね!」
それだけ言うと、カルロスは真っ赤な顔をして逃げ去ってしまった。
その夜から翌日の夕方までずっと、もしかしたら告白をされるのではないか、もし告白されたならどうすればいいのだろう、と胸の高鳴りが止まらなかった。
約束の時間になり、緊張しながら待っていると、遠くから私の名を呼ぶカルロスの声が聞こえてくる。
「ティア王女殿下、遅くなってしまい、申し訳ありません」
「カルロス!」
跳ねるように顔を上げると、一瞬にして言葉を失った。
「あら、ティア? そんなに目を丸くして、どうしたの」
当然のようにロザリア姉様がカルロスと腕を組んで、嬉しそうに微笑んでいたのだ。
「ねえ、さま? どうして?」
衝撃的な光景に立ちつくすばかりで、言葉が上手く続いていかない。
「私ね、昨日の夜、カルロスに告白したの。じつはずうっと好きだったのよって。それで、ようやく長年の想いが彼に通じたの」
姉様は幸せそうにカルロスの腕をぎゅっと抱きしめて頬を寄せ、身体を密着させている。
その隣で、カルロスは申し訳なさそうに笑っていた。
「ティア王女殿下、本当にすみません」
「すみませんって、なんで……?」
ぽつりぽつりと尋ねると、カルロスは視線を下に落として口を開いた。
「僕はティア王女殿下に惹かれている。そう思っていたからここで告白をと思っていたんです。だけど、高嶺の花だと諦めていたロザリア王女殿下に情熱的な愛の告白をしていただけて……夢みたいで浮かれてしまって。それで……」
カルロスの言葉に姉様は驚いたように目を丸くし、気の毒そうな表情を浮かべてきた。
「そんな……そうだったのね……知らなかったわ。ティア、ごめんね……貴女のぶんも、私たち幸せになりますから」
「は……はい。お二人の幸せを心から願っております」
頭の中は真っ白で、心は渦を巻いているかのようにぐちゃぐちゃなのに、ちゃんと話せていることが自分でも不思議だった。
「ティア王女殿下は本当にお優しい……ありがとうございます」
私の返答に安心したのか、カルロスは満面の笑みを見せてくる。
私はこの笑顔を見るのが好きだったのに、いまばかりは寂しくて苦しくてしかたなくて、涙をこらえるのに必死だった。
「ティア、じゃあね。外は寒くなってきているし、部屋にお戻りなさい。風邪ひくわ」
にこりと微笑む姉様をカルロスは熱い視線で見つめていく。姉様とカルロスは絡めるように手をつないで去っていった。




