少し苦手
あまり長く城を開けるわけにはいかないからと旧市街にいたのは一時間程度で、私たちはもう城の前に戻ってきていた。
「視察、とても楽しかったです」
「ああ、近いうちにまた行こう」
「市民の生活を確認するのも大切なお仕事! ですものね」
顔を上げて笑うと、クライブもすっと柔らかく目を細めていた。
エントランスホールに入って別れを告げようとすると、クライブはふと何かを思い出したように声を上げた。
「ああ、そうだ」
「どうされました?」
「来週三日間、ロザリア王女がノースネージュ城に来ることになった」
「ねえ……さま、が?」
殴られたのかと思うほど頭にがんと衝撃が走り、言葉が続いていかない。
「互いの国の混乱も落ち着いたし、ロゼッタとノースランドの友好を深めたいと言っているようだが、本心ではティアに会いたいのだろう」
「ど……どうでしょうか、姉様のことだから、そのままの意味かもしれません……」
過去を思い出して胸が痛み、上手く笑えなくなる。強張った笑顔のまま視線を落とすと、クライブは不審に思ったのか私の顔を覗き込んできた。
「ティア?」
「いえ。なんでもないです! ただ、あきれられないか心配になっただけで。姉様は優しいけれど厳しい方だから……」
嘘をついたところで、クライブは鋭いところがあるからバレてしまうかもしれない。
そう思い、ちょっとだけ本音を混ぜて笑ってごまかした。
昼食をとったあとは王妃の執務室に戻り、いつものように書類の確認とサインを進めていたのだけれど、何もかもがどうにも上手くいかない。
「ティア様、申し上げにくいのですが、サインの場所違ってらっしゃいます」
こうやって注意されるのも、いったい何回目だろう。
「ごめんねマリノ。すぐ……すぐに直すから」
書類を受け取って頭を抱え、慌てて直した。
「ご気分がすぐれないのではないですか? お顔つきだってとても硬くていらっしゃいます」
心配そうにマリノが見つめてくるけれど、私はにこりと笑みを作って見せる。
「大丈夫よ。ほら、いつもどおりでしょ?」
だけど、長年ともに過ごしたマリノには通用しなかったようで眉を寄せられ、怪訝な顔で見つめられた。
「もしかして、ロザリア王女のご来訪を不安に思われているのではないですか」
図星をつかれて、うっと喉が詰まる。
どうして私の周りには、こんなにも鋭い人ばかりが集まるのだろうか。
いや、たんに私がわかりやす過ぎるだけなのかもしれない。
ごまかしも通用しないし逃げても無駄だと悟り、大きく深呼吸をして覚悟を決めた。
「あのね、私いまから変なことを言うから、幻滅しないでね」
マリノは真剣な顔をして、うなずく。
「はい。誓って」
「ええと、私、じつは姉様が少し苦手で、ちょっと怖いの……」
「ええっ!」
小さな声でぽつぽつと思いを伝えると、部屋中にマリノの声が響き渡った。
「ご、ごめんなさい! やっぱりいまのなかったことに……」
慌てて訂正をするけれど、飛び出てしまった言葉をかき消すことなど、どうやったってできない。
余計なことを言ってしまい猛烈に後悔した。
あんなにロゼッタを想い、賢く美しくて、誰からも好かれる姉様を苦手で怖いだなんて、私の性格は相当ねじ曲がっていて、嫉妬深いにもほどがある。
ぎゅっと唇を噛んでうつむくと、なぜか今度はマリノが慌てだした。
「違います! そうではなくて」
マリノの言葉に顔を上げて首をかしげる。
また、フォローしようとしているのかと思いきや、マリノの口からは想定外の言葉が飛び出してきた。
「あれだけのことをされて『少し苦手』『ちょっと怖い』で済ませることに驚いてしまったのです。こんなことを言っているのが聞かれたら侮辱罪で死刑になるでしょうが、私は方は大嫌いです。一瞬たりとも関わりたくありませんし、ティア様にも二度と近づかないでいただきたいと思っています」
マリノは怒りをしずめるように大きくため息をついて、ロゼッタ女王国の方角を憎らしげに睨みつけている。
あのマリノが……大嫌い? いまだかつてマリノが誰かを嫌いだと断言しているのはなかったように思うし、衝撃が止まらない。
「マリノは、どうしてそう思うの?」
思わず尋ねると、当たり前のことのようにマリノは、はきはきと語った。
「ティア様をないがしろにされるからです。その上、侍女や侍従、使用人たちをもののように扱いますでしょう? そして、自分が一番じゃないと気が済まないんです、あのお方は。まぁ、実際次期女王ですので一番なのですが……って、ティア様? 大丈夫ですか、ティア様!?」
姉様のことを一つ、また一つと思い出していくたび、だんだんと焦点が合わなくなって視界が歪む。
目をつぶるとマリノの声も小さくなり、最後にはうるさいぐらいの耳鳴りにまぎれて消えていく。
その代わりに姉様の声と、過去のマリノの声が頭の中に響くように聞こえてきて……
――第二王女なんて王位を継ぐこともできない……存在価値なんてないも同然なのよ
――カルロス、ギルバート、フレッド、この三人を覚えていますか
もう二度と聞きたくないと思っていたのに、どうして? 嫌だ、やめてよ!
真っ暗な闇の中で強く目をつぶり、耳をふさぐ。急激に気分が悪くなり、そのまま眠るように意識を手放したのだった。




