ふれあう手
二番通りには出店が立ち並び、洋服や日用品、古本、装飾品、スパイスなど様々なものが所狭しと並べられている。
関所の税が減額されたからだろう。
他国の品も数多く並んでいるようだった。
「あれは、紅茶!」
人込みをかきわけてさらに路地の奥へと入りこみ、紅茶と薬草を取り扱う店に入る。
中には、乾燥した葉っぱや花、ビン、缶が天井までぎっしり陳列されていた。
見慣れない四角い缶を見つけ、手にとって眺めてみる。
「お嬢さん、お目が高いねぇ。それはリーナリ諸島のブレンドティーだよ。ブドウの香りがするんだ」
店内の掃除をする太っちょのおじさんが話しかけてくる。
おじさんは雑巾を端に置き、缶のふたを開けて、私の顔のそばに近づけてきた。
「どうだい、香り高い紅茶だろ?」
鼻をひくひくさせながら匂いを嗅ぐと、紅茶の香りにまぎれてフレッシュで甘い香りが飛び込んでくる。
これは、確かにブドウの香りだ。
「本当だわ、すごい! おじさま、これを一つ」
「あいよ、ありがとね」
念のため、お金を持ってきていてよかった。ポケットからお金を取り出して、すぐさま買い上げる。
ここだけじゃなくて、ほかにも掘り出し物があるかもと思い、どんどん路地の奥へと入り込んでいった。
だけど、ふと顔を上げると右も左も人でごった返していて。
お店を一つ一つ夢中で見て回っていたら、いつのまにやら人の多い通りに入ってしまったようだ。
城を探そうと顔を上げても、店の屋根が邪魔をして見つからず、どちらからやって来たのかさえわからない。
……どうしよう、完全に迷子だ。
ハロルドがどこかにいるんだろうけれど、自ら人混みに入り込んで迷子になったとバレたら、今後城下に降りるのを渋られるかもしれない。
四方八方こんなにも人がいるのに、世界中に私しかいないような錯覚に陥ってしまう。
雑談するふりをして、お店の人に道を聞いてみよう……
中途半端な場所で立ち尽くしていると、突然隣から若い男の人がやってきて優しく声をかけてくれた。
「お姉さん、もしかしてお困りですか?」
あまり見慣れない格好をしているけれど、物腰も柔らかい。危険そうな人には見えないし、きっと優しい人だろう。
「ええ。迷ってしまって」
いい歳して迷子になるという恥ずかしさに照れ笑いをすると、男の人は私の顔をじっと見つめてきて、嬉しそうに微笑みかけてきた。
「僕がご案内しましょう。このあとの予定はおありですか?」
「予定、ですか?」
どうして予定なんか聞いてくるのだろう。不思議に思って首をかしげていく。
「僕は交易商のコリー。仕事終わりに、こんなにも美しい女性に会えて、本当に嬉しいですよ。よかったらお茶でもいかがですか?」
「お茶……ですか。お茶は好きですけど、いまそんな時間はなくて」
「そんなつれないこと言わずに。数時間とは言いません。ほんの少し、お茶の時間だけご一緒しましょう」
コリーの物腰は柔らかくても、目はどこかギラギラしているようで、必死なところが少し怖い。
「今日はどうしても無理で……」
少しづつ距離を詰めてくるコリーに、私は拒絶を示すために両の手のひらを前に出した。
「なんでよ、いいじゃん! 絶対楽しいからさぁ!」
コリーのいらついたような声と目つきにぞわりと粟立つ。
無理矢理手を掴まれる……!
その時、私の目の前に誰かが現れ、横からはまた別の手が迫ってきてコリーの手首を取り押さえた。
「痛ってェ!」
「はぁい、お兄さん。そこまででーす」
「悪いが、コイツは俺の妻だ」
深緑のマントをまとう人が目の前に立っていて、とてつもない安心感を覚えた。
「陛……じゃなかった、エリック! それに、ハロルドも!」
あぶない、うっかり陛下と叫ぶところだった。ばれないように慌てて言葉を言いなおす。
「なんだ、野郎付きかよ」
コリーはチッと舌打ちをしてハロルドの手を振りほどき、去っていこうとするけれど、ハロルドがにいっと笑って引き留めた。
「おにーさん。このお粉、なんだろね?」
小瓶を振るハロルドに、コリーはぎょっとしてとたんに顔が青くなる。
「外交をすすめた矢先に、困ったもんだな」
クライブは深く息を吐いて、ハロルドの名を呼んだ。
「はい、ほかにもよからぬお薬が見つかると思うんで、詰所行ってきます。お二人はデート楽しんでくださいねぇ」
ハロルドは私たちを見て、へらっと楽しそうに笑った。
よからぬ薬とか、デートとか、聞き捨てならない言葉がいろいろ聞こえてきたけれど、ハロルドはすでに人混みの中に消えてしまっていた。
目の前の背中から、深いため息が聞こえてきて思わずあとずさりする。
こ、これはきっと、怒ってらっしゃる……!
くるりとこちらを向いてきたクライブは無表情のままで、惜しみなく怒りのオーラを放出していた。
「アイツ……誰だ?」
視線と声が異様に鋭くて、家庭教師に叱られている兄弟のように小さくなってうつむいた。
「しょ、初対面だし知らない。お茶に誘われただけ」
「そうか……何ごともなくてよかったよ」
クライブは深いため息をついて、関所のチェックを強化しなければとか、王国兵の見回りを増やすべきかとか、ぶつぶつ呟いていた。
機嫌、治ったかしら……?
おそるおそる顔を上げると、鋭く光る深紅の瞳と視線が重なる。
「それで、俺は三番通りには行くなといったはずだが?」
ひええ、お怒りはまだ続いていらっしゃる! 怖い。怖すぎる。しかもここが三番通りだったなんて最悪だわ。
「ご、ごごごごごごめんなさい。面白いものを探して歩いていたんですけど、気づいたらいつの間にやらこんなところに」
あまりの威圧感に身体を縮こまらせながら謝っていくと、クライブは小さなため息を一つこぼしてあきれたように笑った。
「ここは人が多くて迷いやすいし、はぐれやすいんだ。店が多いのは確かなんだが……そうだ。手、出せ」
「手?」
疑問に思いながら右手を差し出すと、それをクライブは左手でさらっていき、そのまま下へとおろしていく。
「店を見たいんだろう。行くぞ」
クライブは私の手を引いて、少し前を歩きはじめた。
「え、えと……はい」
なぜかまともにクライブを見られなくて、ふいと視線をそらした。
クライブの手は私のよりも冷たいのに、触れられたところがじんじんと熱くて。
ただ手をつないだだけなのに鼓動は高鳴り、きゅうと胸がしめつけられる。
数え切れないほど人がいて、見知らぬ人と身体が当たるたび誰かのぬくもりが伝わってくるのに、私の右手を包む冷たくて熱い温度だけが確かなもののように思うのが、自分でも不思議だった。
すらりとしているけれど、広くてたくましい背中が人込みをかきわけて、私の少し前を歩く。
ふと顔を上げるとクライブの耳元がほんのりと赤く染まっているような、そんな気がして。
それを嬉しいと思ってしまう私はきっと、どこかがおかしくなってしまったのだろう。




