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朝食の理由

 一夜明けて朝食の会場に着くと、すでにグレイ様がいてイスに腰かけていた。


「おはようございます、グレイ様」

 ドレスをつまみ、膝をかがめて挨拶をする。


 グレイ様は明るく歯を見せて笑い、隣のイスを軽く叩いた。


「おはよう! ここ座んな。昨日は案内ありがとよ」


 お誘いのまま隣に腰かけると、グレイ様は片肘をついてにやりと笑みを浮かべてくる。


「んで、俺が言ったことちゃんと試してみた?」


「二つとも試しましたが、何もわかりませんでした。いったい何がわかるはずだったんですか?」


 とたん、グレイ様は驚いたように目を見開いて、跳ねるように上半身を起こした。


「はぁ!? 嘘だろ……ここまでお膳立てしてやったのに、何もしないとかバカかヘタレなんじゃねぇの」


「何もしない……? ああでも、一つ変なことを言ってらっしゃいました。資格がないとかなんとか。いったいなんなんでしょうね?」


 首をかしげながら笑うと、グレイ様は深いため息をついてがっくりと肩を落としていた。


「ああなるほどね。そういやアイツはそういうヤツだったわ。作戦ミスったな、こりゃ」


 百面相をするグレイ様が不思議でじっと見つめていると、いきなり後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「……なるほど、貴方の差し金だったんですか」


「げ!」

 身体を飛び上がらせたグレイ様は、顔をこわばらせながら後ろを振り向く。


 視線の先にいたのは、真顔のクライブだ。


「グレイ殿、おせっかいも大概にしていただけませんか?」

 無表情で感情が読めないのに、声色にはなぜか(とげ)がある気がする。


「だけどよ。お前もあの鈍感さに困ってるんじゃねぇかな~、と」


 グレイ様は苦笑いを浮かべてなだめるような声を出していくけれど、クライブの周りには変わらずピリピリとした空気が漂っていた。


「あの、陛下。お加減はもうよろしいのですか……?」


 たじたじとするグレイ様へ助け船を出しがてら尋ねる。

 昨日よりはずいぶん顔色はよさそうだけど、あのクライブのことだ。多少無理をしてでも公務に出てくることは十分考えられる。


「ああ。一日寝たからか、かなりいい。昨日はありがとう」


 わずかに微笑んだクライブはいつもの端の席ではなく、私たちのそばのイスをひいた。


「あれ陛下、今日はこちらにおかけになるのですか? 私、向こうに行きましょうか?」


 腰を浮かせると、グレイ様は不思議そうに眉を寄せて口を開く。


「は? どういうことだい」


「朝食の時、いつも陛下はあちら、私はこのイスに座って二人で食べているんです」


 遠くの席を指差しながら話すと、グレイ様はこぼれ落ちそうなほどに目を丸く見開いていた。


「こんなだだっ広い部屋の端と端で食べてんのかよ! どうして!?」


「どうして、って」

 表情を崩さないまま淡々とクライブは呟くように言う。


 グレイ様も私も、じっとクライブの顔を見つめた。この問いにクライブがどう答えてくるのかが、少し怖い。


 身体を強ばらせて待っていると、クライブは小さく息を吸い込んで呟くように言う。


「……それがロゼッタ流だと聞いたからだ」

 予想の斜め上をいく返答が聞こえてきた途端、へなへなと全身の力が抜けてしまった。


 え? ロゼッタ流……? 広い部屋で二人離れて食べるのが、ロゼッタ流……?


「ど、どどどどういうことですか!」


 あまりの衝撃に、まともに言葉を話すことさえできない。私の動揺なんて気にもとめていないのか、きょとんとした顔でクライブは口を開いた。


「夫婦が二人きりで食事をするときはひとことも話さず、なるべく大きな部屋で距離をとること。ロゼッタの娘は食事風景をそばで見られるのを嫌がるものだ、と言われた」


「いつ、誰にですか!?」

 ぐいと前のめりになって尋ねる。


 第二王女として二十年近くロゼッタにいたけれど、食事風景を見られたくないなんて言う女性(ひと)に会ったことなんてないし、そんな風習があるなんて、一度も聞いたことがない。


 クライブは自身のあごに手を当てながら唸り、考え込むような仕草を見せてきた。


「結婚の儀の一カ月ほど前だっただろうか。名は思い出せないが、確か……ロザリア王女の侍女だったような」


「メリダ、ですか?」

 一人だけ心当たりがあって尋ねると、クライブは顔を上げてうなずいてきた。


「ああ、そんな名前だったような気もする。赤茶髪でつり目の」


 とたん、グレイ様が噴き出して声をあげて笑う。


「クライブ。お前、侍女にからかわれたんだ。ずいぶんと大物な侍女じゃないか。ロゼッタにそんな習慣があるなんて聞いたことがないぞ。大切な王女を嫁にとられて悔しかったのかもな」


 グレイ様の言葉に、ぎゅ、と唇を噛んでうつむいた。


 たぶんだけど、メリダはクライブをからかったわけじゃない。きっと、私への嫌がらせ、だ。


 嘘を教えられたと知ったクライブは、そうかと小さくため息をついた。


「……そういえば、ティアもこんな朝食は嫌だと言っていたな」


「はい。わざわざこんな広い部屋で離れてお食事をとられるなんて、てっきり私、陛下から嫌われているのかと」

 苦笑いしながら言うと、クライブは静かに首を横に振ってくる。


「そんなことはない」


「むしろ?」

 にやにやと笑いながらグレイ様は合いの手を入れていく。


「むしろ……って貴方はいったい何を言わせようとしているんですか」



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