冷たい貴方と朝食を
朝食の時間は、すぐにやってきた。
会場は晩餐会用のきらびやかな大広間。
長い長い机の端と端とに、私とクライブはほとんど同時に腰かけた。
天井から吊るされたシャンデリアと内装ばかりが豪華で、空席が数え切れないほど連なっている。
アイツの席は遥か遠く。クライブは心の距離を示すかのように、毎回こうやって遠くに席をとってくるのだ。
いつも思うのだけれど、たった二人が食事をとるためにこの部屋を使うのは広すぎると誰も気づかないのだろうか。
グラスにワインを注ぐ音だけが微かに響き、相変わらずアイツは私を見ようともしない。
夫婦だけの意味不明な食事会がもう一カ月も続いていて、なんだか気が滅入ってしまいそうだ。
おそらくクライブも同じように思っているのではないかと思い、別々に食事をとることを提案してみたのだけれど、なぜかそれはクライブによって棄却されてしまった。
新婚にしてすでに冷え切った夫婦の朝食タイムはただただ苦痛でしかなくて、ため息が出るのをおさえられない。
せっかくの料理だって台無しだ。
こんなことなら一緒に食べている意味なんかないし、一人で食べるほうがよっぽどいいわ。
小さく息を吐いて白パンを置くと、今朝のマリノの言葉がふと蘇ってきた。
――今朝のお食事の時にお尋ねしてみてはいかがですか?
毎朝、私のもとを尋ねてくる理由を聞いてみる? 私が、アイツに?
いやいや、聞けないでしょう。
だってほら、こんなに距離があるんだもの。
自問自答しながら奥にいるクライブを見つめると、アイツは最悪のタイミングで顔を上げてきた。
深紅の瞳と私の視線とが重なる。まっすぐに見つめてくる瞳にどくんと大きく鼓動が跳ねて、身をすくめた。
いつもの私を小馬鹿にするようなあの目じゃない。
ルビーに似た深い赤に釘づけになって、息が詰まったようになってしまう。
こんなふうになったのはいままで一度だってないし、自分で自分がわからない。
思いがけないタイミングで目が合ってしまったからだろうか。
ダメだ……このままじゃいけない。気持ちで負けたら、こっちの負けだ。なんでもいい、何か行動を起こさなきゃ。
「あの、陛下」
やけくそで発した声は、自分でも信じられないほどにか細く、情けない声だった。
「何か言ったか?」
あまりに遠いせいかクライブにはうまく聞こえていなかったようだけど、それでも私の異常が伝わったのだろう。怪訝な顔をして、私を見つめてきている。
「なぜ毎朝、私の部屋にお越しになられるのですか?」
ようやく視線をそらすことができた私は、負けないようにドレスをぐっと握りしめた。
あたりがまた沈黙で満たされていく。
クライブはいったい、なんと答えるのだろう?
私に会いたいから?
いや、絶対にそれはない。コイツは花嫁引き渡しの儀の日、私に「色のないやつだ」と言ってきたんだ。私のことなんか好きともなんとも思っていない。
ただの暇つぶし?
いまのところそれが有力だけど、一国の王がそれほど暇なものなのだろうか。
ちらりと目線だけ上げると、クライブは視線を落としていて。
やがて、薄い唇がゆっくりと開かれていくのがわかった。そしてようやく紡がれた言葉は……
「迷惑だっただろうか」
あれ、ずいぶんと予想外の答えだわ。
「え、あの、別に迷惑というわけではないですが」
思わずそう返すとクライブは静かに息をつき、机に手をついて立ち上がる。
「そうか、それならいい」
呟くように言って、侍従から羽織を受け取り袖を通すと、私の顔も見ずに部屋を出て行ってしまった。
一人残された無駄に広い部屋で、長く深い息を吐きながら、倒れるように机に突っ伏す。
「私のバカ……」
あの時『迷惑だ』と返せば、謎の訪問に悩まされることはなくなったのかもしれないのに。
何が迷惑じゃない、だ。
うっかり者の考えなしにもほどがある。
ゆったり身体を起こして窓の外……ロゼッタ女王国のある方向をぼんやりと見つめた。
確かに以前姉様の言っていたように、私が第一王女じゃなくてよかったのかもしれない。
私みたいなうっかり者がロゼッタの王太女になったら、それこそ国民は大変だ。
優しいパン屋のおじさんも、アクセサリーの作りかたを教えてくれたエミリーも、一緒に遊んだ子どもたちも、私が王太女になったら私の無能さにあきれて、もう仲良くしてくれなくなったかもしれない。
よかったんだ、これで。
姉様がロゼッタに残って、私がノースランドで生きるのがロゼッタにとって最良の選択なんだ。
私を愛してもいない男と結婚して、友だちも仲間もいないなじみの薄い土地で、強く気高く生きるのが第二王女としての私の使命で、国と国とを繋ぎとめることが私の存在理由なのだから。
『第二王女は楽でいいわね』
それが姉様の口癖だったけど……姉様、第二王女だって楽じゃないよ。