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騎士団長グレイ

 エントランスホール端にあるイスに腰掛け、クライブの侍従とともにその人が来るのをじっと待つ。


 グレイ様とは結婚式の日に一度会ったきりだけど、騎士団長とは思えないほど気さくな人物だったことは覚えている。


 私が案内をしても怒ることはないと思い『任せて』とクライブに言ったものの、私なんかが対応することで落胆されてしまうのではないかと少し不安だ。


 ひざの上にのせた手をじっと見つめていると使用人の声がして、慌てて出迎えに行った。


「グレイ様、お久しぶりです。遠いところをありがとうございます」


「あれ、アイツはまだ来てねぇの?」


 騎士の制服を身にまとった四十代前半の精悍な顔つきの男性が、深緑の髪をかき上げながら話してくる。


 この方が、北方騎士団団長のグレイ様。

 北都契約で王と対等な関係であることが定められているからか、王族たちに対してもざっくばらんに話しかけてくれる。


「あの、それが……」

 こわごわ理由を話すと、グレイ様は目を丸くして驚きの声を上げた。


「は!? 寝こんでる? 動く彫像なんじゃねぇかと思ってたが、アイツも人の子だったんだな」


「かなりの高熱でして。申し訳ございません」

 確かに表情はあまりないけど、彫像……ってあんまりな言いようね、なんて思いながら深々と頭を下げていく。


「じゃ、俺はどうすりゃいいのかねぇ。帰ろうか?」

 腕を組みながら途方に暮れるグレイ様を見て、おそるおそる口を開いた。


「いえ、もしよろしければ私におもてなしをさせていただけませんか?」


「おお、そりゃ助かる。こんな美人がお相手してくれるんなら願ったり叶ったりだ」


 グレイ様は楽しそうに笑いながら大きくうなずいてくれて、緊張していた私の心もずいぶんと軽くなったのだった。


「あの、ノースネージュの見回りにご協力くださいまして、ありがとうございました。陛下にかわってお礼申し上げます」


 ノースランドの現状報告を大臣たちと私から済ませ、侍従とともに謁見の間を案内しながらお礼を告げると、グレイ様は手をパタパタと振ってきた。


「いーのいーの。アイツ、元々は俺の部下だし。ちょっとくらいは優遇してやるさ」


「部下?」

 北都契約で騎士団と王は対等の関係であることが義務付けられているけれど、格下に見るのは違うんじゃないだろうか。


 そんなことを思っていると、グレイ様はにこりと微笑みかけてきた。


「そ。アイツだけじゃなくて、ダリルもね」


「ああ、なるほど、北都契約の。剣の修行期間、ですか?」

 ノースランドの王族男子は結婚を許される十八歳までの間、最低一年間、北方騎士団の下で剣術や精神面の修行するという契約があるのだ。


 私の問いに、グレイ様は自身の剣の鞘にそっと手を添えていく。


「まぁ修行って名目だけど、ただの訓練なら城の中でやりゃいいだろ? だから俺は『何かやらかしたらコイツらに殺されるんだ』っていう王族の暴走の抑止力にしてるんだと、そう思うぜ」


 その言葉にぞくりと身体が震えた。

 そうだ。忘れかけていたけれど、この人はいつか敵になりうる男なのだ。


 クライブが愚王と判断されれば、この男が最強の騎士たちを率いてクライブを殺しにやって来る……


 血の気を引かせ睨みつけるように見つめる私のことなど知らず、グレイ様はあっけらかんと話を続けてきた。


「ただ、アイツを殺すのは骨が折れそうだから、あんまやりたくねーんだよな。『強くなりたい』とか言って、ガキの頃から騎士団の城に来てたし、こっちもアイツのこと無駄に鍛えちゃったしよ。あのとき追い返しときゃよかったかな」


 なんて、大きく口を開けてからからと笑っているけれど、正直全然笑えない。


 苦笑いを浮かべながら立ち尽くしているとグレイ様は、にっと笑って私の肩を軽く叩いてきた。


「そんなに心配しなくてもアイツは大丈夫さ。混乱する即位後の二年も乗り越えたし、美人で可愛くて優秀な嫁さんもいる」


「陛下はともかく、私はそんな……」

「そうやって謙遜(けんそん)するけど、ティアちゃんの評判かなりいいみたいだぜ。使用人に優しく接するのが憧れのロゼッタ流なのか、って貴族に浸透してきたみたいでよ。侍女たちはもちろん、商人たちも貴族と話がしやすくなった、って喜んでた」


「あ、えと、ああ、そうだったんですね」

 苦笑いをしながら答えた。


 私がマリノや侍女たちにああやって接しているのはロゼッタ流とかじゃなくて、当たり前のことで普通だと思うの。だって、彼女たちの働きがあって、私は安全に快適に過ごさせてもらえているから。


 そもそも、母様たちは侍女や商人たちへの態度がひどすぎるんだ。


 グレイ様は全てお見通し、とでも言うように楽しそうに笑う。


「ああ、わかってる。ロゼッタの女たちも、使用人の扱いは厳しいもんだろ。だが、言わないほうがいいこともあるさ」


 確かにそうかもしれないと、うなずく。


 大したことのない小さなミスで侍女が解雇されたり体罰をされたりしている光景なんてもう見たくはないから。


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